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第十五話

「そうですか。でもそんな甘えた考え方ではいつか後悔する日が来ますよ」

相変わらずの笑顔で、淡々と言葉を並べるリリアナさん。

ヘリオス様は何も答えない。

「一つだけ良いことを教えましょう。あなたのお父様がなぜ国の軍隊を雇わなかったのか。彼ほどの財力であればそんなの容易いことでしょう。それなのになぜ『終焉の眠り姫』に自らの子を護衛するよう契約したのか」

それは、我が組織の極秘任務だ。

絶対に彼には知られてはいけない。口を塞ごうにも腹部の痛みで腕が動かせなかった。

そこでリリアナさんではなくヘリオス様が口を開いた。



「知ってる」



知ってるというのはどこまでだろう?

ヘリオス様は私が思っているよりもずっと賢いのだと思う。

だから、今の言葉で多分全部理解している。

だからきっと。


「知っているのですね。ならなぜ……いえ、これ以上深追いしても仕方ありませんね。私が言いたいことは以上です。では」

花と菓子折りが入っていた紙袋だけ提げて、病室を出ていった。


しんと静まり返る室内。

「じゃあ、私はこれ捨ててくるから」

そう言って、朝食で食べた空の容器をビニール袋に詰めていく。

これもそう。

少しでも空気が和むよう、会話を続けてくれる。

なぜ、彼は……。



「なぜ、ヘリオス様はそんなに優しいのですか?」



ん? とでも言うように首を傾げている。


違う。

ずっと聞きたかったのは、きっと彼の本心でもなんでもない。

彼が私みたいなものにも優しい理由。

きっと彼の優しさが私のここまでの情緒を乱すのだ。

けれど、それが決して嫌ではない。

むしろ……。



「ちゃんと言ってくれないとわからないよ」

彼が私の顔を撫でている。


ポロポロと目から溢れ出る涙を拭ってくれているのだ。


「大丈夫」


すっぽりと彼の腕の中に入り、顔を彼の右肩に埋める。

一束一束髪の感触を確かめるように撫でる手がなんとも心地よくて、涙がとまらなくて。

このわけのわからない感情を全て吐ききるように、これまで考えたことを洗いざらい話した。



みな人間がなにを考えているのか、それがわからないゆえの信用の恐怖。

ヘリオス様も同じだと思っていた。

しかし彼の胸焼けがするほどの甘い優しさ、底抜けのお人好し。

それをわかっているのに、一度でも疑ってしまった。


彼は私をずっと信じてくれていたのに。








――――私は私が憎い。








ヘリオス様はそうともそうでないとも言わず話し終わるまで静かに聞いてくれた。

肩に顔を埋めているせいで、彼の顔が見えない。

もしかして、軽蔑したのだろうか。

そのせいで、私から離れたとしても仕方ないのだろう。

でも、もう覚悟はできている。


バクバクと脈打つ心臓が痛い。

その痛みから逃げるように私はギュッと目を瞑った。


「ネメシスはさ、今私が考えてること、わかる?」


突然の質問に答えられない。

「わ、わかりません」

「正解は、『ネメシスの泣き顔よりも笑顔がみたいなぁ』でした!」

肩から顔を離す。

ホントだよ? と意地悪っぽい顔でフフッと笑い私と目を合わせる。

「私も今、ネメシスが考えてることなんて、まあわからないことはないけど、一言一句わかるわけない」

ナデナデと私の頭を撫で続ける。

「他人の考えてることがわからないなんて、ごく当たり前のことだし。エスパーでない限りわかるわけないよ。だから人は人を簡単に信用なんかできない」

この柔らかい声が私の涙を塞ぐように、いつの間にか私の涙は止まっていた。

「そんなネメシスに、他人と気持ちを伝え合う唯一の手段を教えてあげよう!」

私の手を取り、立ち上がる。



「人とこうやって会話するんだ」



その時一陣の風が吹いた。ふわりとカーテンが舞い、日光が彼を差す。


「今もこうやって会話したから、今ネメシスは泣いてないんだろう?」


日光が反射して彼の髪と瞳が美しくキラキラと光っている。


「だから私の気持ちが聞きたかったら、いつでも話しておいで」

優しく手を引かれ再び私はヘリオス様に抱きしめられた。

フワッと鼻をくすぐるようなヘリオス様の匂いにひどく安心する。

彼の体から直に伝わる体温で溶け、その感覚に溺れそうになる。








「私もネメシスのこと、もっと知りたい」








――――人ってこんなにも暖かいんだ。








会話というのは、ただ言葉を並べるだけでなんの意味もないと思っていた。


私は信じる。私のことを信じていた彼のことを。

何があったとしても。


ネメシスの笑顔が見たかったのはホントだからね? とあわてて弁明する彼を見ながら、そう心に決めた。


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