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第十四話

「う……ん」

ピヨピヨと小鳥が鳴いているのが聞こえる。

窓から差し込む朝日を浴びながら、体を起こす。

隣にはヘリオス様はいなく、ベットサイドには「ちょっと買い物に行ってくるね」という書き置きだけあった。

まさか一人で出かけたのだろうか?

血の気が引くのを感じた。

また、どこの馬の骨かわからない者たちに攫われでもしたら。

でも、この体ではまだ言うことがきかない。

冷や汗がつうっと首を伝う。



「ネメシス……起きた?」



その声にどれだけの安心感を得ただろう。

ヒョコッと小動物のように顔を覗かすヘリオス様と目があった。

「ヘリオス様、一人で出かけるなど危険です。おやめください」

「出かけるって言っても病院内のコンビニだよ。私だってそんな馬鹿じゃないから、病院に無理言ってここに泊まらせてくれてるんだ。家よりは安全だろう?」

それは彼が御曹司であるからできることなのだろう。

病院側からしたら、私は彼の従兄弟であるためそれなりに丁重に扱ってくれているはずだ。


彼はできるだけ消化のいいものをと、ゼリーやらたくさん買ってきてくれていた。

それらを一緒に食べながら、あのあとのことについて話していた。


私がリリアナさんについていったあと、ヘリオス様は他の人達と昼食を取っていたそうだ。昼食の時間が終わっても、私がなかなか帰ってこないので探しに行こうとしたら、誰も使われていない校舎から騒ぎ声がし、行ってみると先生やら生徒やらで野次馬ができていて、事情を聞いたら私が刺されて倒れていると聞き、彼は私と一緒に救急車に乗った、というわけだ。

第一発見者は偶然機材を取りに来た先生らしく、その人は今警察に事情聴取を受けているところだ。


「そうか、リリアナさんか……」




「私になにか御用?」




ヘリオス様の背後にスッと立ちお見舞いように持っている花も相まっている姿は美しさすら感じるが、今はそれどころではなかった。

私は彼を左手で庇い、右手には武器をもつ。

「それはこちらのセリフです。なぜここへ来たのですか?」

「お見舞いですよ。セレナさんの」

その言葉すら白々しい。

よくもまあ、お見舞いと言えたものだ。

ましてやセレナという名前は偽名だと知っている身で。

「あれだけの外傷では死なないようね。流石だわ」

ニコニコと話す仕草は、もう美しさなど感じない。



「ヘリオス様を攫うよう依頼したのもあなたですね?」



「ええ、そうよ」



あっさりと認めてしまう彼女は一体どんなことを思っているのだろうか。

彼女の底抜けの邪悪さに少しだけ身が強張る。

「私には、理解できないのよ。なぜヘリオス君みたいな人があなたみたいな殺人鬼と一緒に屋根ひとつ下で暮らしているのか。だからあれはその証明なの」

お見舞いのために持っていた花を棚の花瓶へとさしていく。

「私はヘリオス君、あなたが好きです。だからあなたに『終焉の眠り姫』がどのような存在なのかを知らしめることであなたは彼女を軽蔑し離れていくのではないかと」

花瓶に一つ一つさしていきやがて綺麗な造形物ができあがる。

「だから、私は依頼しました。ネメシスの使命はヘリオス君を守ること。だからヘリオス君を拉致し殺すよう見せかければ、ネメシスの本性が現れるのではないか。それだけだったのに、まさか全員殺られるなんて。出来の悪い駒ばっかりで嫌になってしまいます」

眉尻を下げて、心底あきれた様子でハアと深い溜息をつく。

「でもヘリオス君もあの残骸を見てわかったでしょう? 『終焉の眠り姫』ネメシスは凶悪な殺人鬼。殺すしか脳がない血も涙もない化物。このような生物は生きる価値なんてないのですよ。死んで当然の存在。だから……私の下へ来ませんか?」

スッと細長く真っ白な指がヘリオス様の目の前で止まる。

最初から顔色一つ変えない笑顔に警戒感が強まる。

彼はじっとそれを見たまま。



ヘリオス様はこの手をとるのだろうか?



彼が私から離れては、私は組織の命令に反することになる。

だから、何としてでもそれは止めたい。


しかし、この手を取ってほしいと思う自分もいる。


彼女が言っていることは紛れもない事実だ。

私はもう数え切れないほどの人を殺し、手も心もどうしようもないほど汚れている。

ヘリオス様は、そんな私と一緒にいても良いことなどない。

いっそのこと、彼が汚れるのを避けられるのなら私から離れるべきだ。


けれど、彼が離れたら私はもう今までの自分に戻れなくなるのではないか。


そんな相反する考えが、グルグルと頭を駆け巡っていると彼が口を開いた。


「嫌だけど」


とても簡潔な答えだったが、私はその答えに驚き彼の方を振り向く。

「一応理由を聞いてみましょう」

「理由も何も、ネメシスが、今までどれだけ人を殺していたとしてもネメシスはネメシスだ。一人の人間だよ」

「そんな綺麗事で済むのなら、殺された人たちは報われませんわ」

「じゃあ君はネメシスの何を知っているんだ? 話したことは? 食事をしたことは? 一緒に過ごしたことは? 君が言っているのは所詮ただの噂であり過去のことだろう。そんなもので彼女の存在価値を決めないでほしい」

曇りなき眼でそう言い切ったヘリオス様。


そうだ、彼はずっとそうだった。




「たったそれだけで殺そうとした君のほうが化け物だろ」




私が『終焉の眠り姫』だと知った時から彼は一度でも態度を変えたことがあっただろうか?

笑顔を振りまき、親しく会話する姿は私も同じだった。

彼だけは、ずっと私を怖がらずに『普通』に接してくれた。



そんな彼を信じられないなどと考えていた私は。





「ネメシスは君が思っている以上に美しくて綺麗だ」




――――なんて愚かだったのだろう。


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