第十三話
真っ暗闇の中、ピ、ピ、と機械音のような音が規則的に聞こえる。
私は今どこにいるのだろう。
確か、リリアナさんと昼食を食べていたら、急に刺されて……。
腹部に感じる痛みが何よりの証拠だ。
思えばおかしなところはいくつもあった。
人が出入りしないような教室に連れてこられたり、対面ではなく隣に座ったり。
近頃そういうことに関して、気づくのが鈍くなっている気がする。
彼の護衛で長に認めてもらわなければ、私は……。
「ネメシス!!」
耳をつんざくような声とともに、ハッと目を覚ました。
見たことない真っ白な天井。両サイドにベージュのカーテン。そして、心配そうに私の顔を覗き込むヘリオス様の姿があった。
「ヘリオス様……?」
「よがっだぁぁぁ目が覚めたぁぁ」
せき止められていたものを全て吐き出すように、ヘリオス様の目からボロボロと涙が溢れる。
私のことでこんなに泣いてくれる人など初めて会ったので、正直どうすればいいのかわからない。私はそんな泣いてくれるほどの価値のある人間ではない。
本当に不思議な人だ。
彼の涙を左手でそっと拭う。
彼は私の手に自身の手を添え、それで自分をあやすように顔を預けた。
「本当に……良かった……」
ホッとしたように微笑む彼を見て、私のなかでもホッとしたような気がしたのも確かだ。
「ちょっと待っててね。先生呼んでくるから」
少しして泣き止んだヘリオス様は病室を出ていった。
病室に一人残された私はあの時のことを思い返してみる。
あれは、私が彼女についていったことから起こったこと。
それだけじゃない。
その前にも彼女から話しかけられて、なんの警戒もなく近づいた。
少しの油断が今回の出来事を招いたのだ。
私は彼女なら大丈夫だと思っていたのに。
信用していたのに。
そこでハッと気づく。
まさか人間はみなそうではないのか。
人間は表面上どれだけ繕っていても、結局はみな周りのことなど使い勝手のいい駒としか思っておらず、使えそうだと思えばそのまま、いらなくなったら捨てる。
自分の欲求のためならば、その他のことなどどうでもよいのだ。
ヘリオス様もそうなのだろうか?
『私は自分が死ぬことよりも……君がいなくなる方が、よっぽど怖い』
この言葉を聞いた時、今までに感じたことない安堵感のようなものを覚えたのは本当だ。
体の力が抜けていくような、温まるような。
これが彼の計算内のことだとしたら?
――――私はヘリオス様に捨てられるのだろうか。
そう考えると、無性に息が荒くなる。
頭がズキズキと痛む。心臓も刺されたかのように痛い。
思わず胸を押さえる。
そんなこと考えたこともなかったのに……やはり最近の私はおかしい。
ヘリオス様のことになると、ときに体に熱が帯びたり、ときに心が軽くなったり、ときに安心したり……ときにこうして息がしづらくなったり。
これは一体なんなのだろう。
「セレナさん。具合はどう……って大丈夫ですか!?」
おそらく先生であろう。
胸を押さえてうずくまっている私を見てあわてふためく。
私は今まで彼が発した言葉を思い返してみる。
あの微笑みも涙も笑いも、彼の一つ一つの言動のどれが本当なのかもうわからなくなっていた。
知りたいという好奇心がここまで苦しめるとは思ってもいなかった。
ヘリオス様の本心が聞きたい――――今はただそれだけ。
もう一回目を覚ますと、また同じ真っ白な天井。
上体を起こすと、そばでヘリオス様がスースーと寝息をたてていた。
さっきまで泣いていたのか、布団がぐっしょりと濡れているし、目も腫れている。
「セレナさん?」
ドアの方を向くと、先生が病室を覗いている。
「体調の方は大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「それは良かったです。傷口は深かったですが、幸い内臓までは達していなかったので」
そういい、彼女は安心したようにフッと笑みをこぼす。
「ありがとうございます」
「いえいえ。解毒剤もきいてきたみたいですし、このまま安静にしていれば大丈夫でしょう。また何かあったらいってくださいね。ではお大事に」
ペコッと頭を下げ私も下げ返したら、彼女は病室をでていった。
先生はなにも言わなかったけど、この様子だとヘリオス様はずっとここにいたようだ。
無造作にセットされている蒸栗色の髪をなでると、うーんと声を出して顔を少し動かすとまたスースーと寝息を立て始める。
彼の髪を撫でながら考える。
ヘリオス様といると心がぐちゃぐちゃに乱されるような感覚に困惑する。
早くヘリオス様が私のことをどう思っているのか聞きたい。
でないと、自分で自分を保てなくなる気がして怖い。
彼の気持ちよさそうな寝顔を見ながら、そんなことを思いふけって今日を終えた。




