第十一話
パンッという破裂音とともに、上から一つの銃弾が放たれる。
私の足元に落ちる。
それを合図に銃弾の雨が降り注ぐ。
しかし、どいつもこいつも。
「弱い者ばかりですね」
それからどれくらい時間が経っただろうか。
「ヘリオス様の居場所はどこですか?」
さきほどの銃弾から見るに、複数人だと確認した私は一人だけ半殺しにしヘリオス様の居場所を聞き出していた。
「そ……そこ……廊下の……奥のへ……やだ」
弱々しく左の廊下を指差す。
「どうも」
胸ぐらを掴んでいた手を離すと、相手はゴホゴホと咳き込む。
そして私は刃渡りが20センチほどのナイフを振り上げた。
「ま…まって、くれ……!」
その言葉にナイフは相手の喉元の直前でとまった。
なぜこの時動きを止めたのか、自分でもわからなかった。
「ころ……さないでく、れ。俺には……待ってくれ……て、いる家族が、いる……この前は、娘が……生ま、れ……だから……」
「そうですか」
私がそういうと、相手は少しホッとした顔をした。
そこですかさず、私は喉に思いっきりナイフを突き刺した。
相手は声も出すことができず息絶えた。
「でも……」
グッと力を入れナイフを抜くと、口や喉から血がとめどなく溢れた。
「ヘリオス様を護衛することが私の使命なので」
ナイフについた血を拭きながら、教えてくれた廊下を歩く。
コツコツという足音だけがこの部屋に響いている。
「それに、私達組織の反感を買った時点であなた達に生きる選択肢などありません。では」
この部屋の一角の敵を一瞥し、私は奥の部屋へと走り出した。
奥の部屋の扉は他の部屋と比べてとてつもなく大きかった。
扉の前に立ち耳を近づけてみる。
不思議と静かだ。
扉を開けたその時、目に飛び込んできたのは。
「おや? やっと来たのかい」
「んー!! んー!!!」
部屋の真ん中には少し長髪の男と、椅子に縛り付けられたヘリオス様の姿があった。
ヘリオス様の口と目には布がはめられており、私が来たことがわかるなり、同じ単語を繰り返している。
よく見ると、顔には痣があり私が来るまでに散々痛めつけられたのだとわかる。
「今すぐ彼を解放して下さい」
「そうはいってもねぇ、依頼主の命令なんだ。結構太っ腹のね」
小刀を手元でくるくると回し、フフと笑う。
「君、『終焉の眠り姫』って結構凄腕の殺し屋なんだろう? じゃあこの数はどうかな?」
その言葉を待っていたかのように先ほどとは尋常ではないぐらいの人の数が出てくる。
一瞬にして囲まれる。正直言って逃げ場がない。
「それじゃあ、こうしよう。人一人殺すごとにこいつの体に傷をつけていく。逃げるか、助けるか。二つに一つだ。まぁその前にこいつは死ぬかもね」
小刀をまずヘリオス様の腕にかざし、私に見せつけるように脅す。
よくあるやり口に反吐が出る。
「今こいつに、莫大な遺産がかけられてるんだろう? なら、依頼主の報酬もこいつの遺産ももらって俺達は一躍の大富豪になる。だから、はっきり言って君はどうでもいい。邪魔するなら殺す。こいつと一緒に」
そして、刃先を少しだけヘリオス様の腕に突きつける。
よく研がれた小刀なのだろう。少し当たっただけで、腕から血が流れる。
「んー!!! んーー!!!」
ヘリオス様の頬に涙が伝う。
恐怖に満ち、助けてというように懇願するその表情。
初めて見るはずじゃないのに。
私のなかで何かがザワッと蠢く感覚がした。
そして腹の底から煮えたぎるようなこの感情はなんなのか。
決して理性を失ってはならない。
頭ではそうわかっているはずなのに。
私にはそこからの記憶がない。
気づけば、あたりは血の海が広がっていて、人の形をなしているものなど、一人たりともなかった。
部屋の中央にはヘリオス様だけがいる。
顔についた血を拭いながら、彼に近づく。
「大丈夫ですか? 帰って治療を……」
カタカタと震えながら顔を背けるヘリオス様と自身の手が深紅色に染まっているのが視界に入り、ああと腑に落ちた。
幻滅しただろう。
わかっていたことだ。周りの人間達とわかりあえないことぐらい。
もう二度とこの手が綺麗になることがないことぐらい。
私が――――。
『普通』になれないことぐらい。
私はそういう人間なのだから。
『この……化物が!!』
ある日の走馬灯が蘇る。
そうだ。今の彼の目はあの少女と同じ目なんだ。
「縄と目隠し、取りますね」
シュッシュッという音がこの静寂な空間を切り裂いている。
「とれまし……」
そう言おうと思った瞬間、視界が揺れた。
私はガバっとヘリオス様に抱きしめられた。
「え、あ、あのヘリオス様? 血が……」
「なんで……なんで来たんだ」
早鐘を打っているヘリオス様の鼓動を近くに感じながら、その言葉を理解しようと試みた。
「それは、護衛するのが仕事で……」
「そんなことは関係ない!! 私なんかのために、なんでここまでするんだ……」
だんだん抱きしめる力が強くなっていく。
私の後頭部に回された手が小刻みに震えている。
「私は自分が死ぬことよりも……君がいなくなる方が、よっぽど怖い」
なぜ? どうして?
そんな疑問形だけが私の頭のなかに浮かぶ。
それが口にできないのは、ヘリオス様の言ってる意味がわからないからなのか。
自身の目から伝うそれが邪魔をしているからなのか。
その日の夜。あんなことがあっても、食事を抜くのは体に毒なので、私が作っていたシチューを一緒に食べた。
ヘリオス様の機嫌直しとして作ったシチューを食べる日がこんなにも最悪なのは本当についてない。
シチューはとっくに冷めていて、相変わらず美味しさはわからなかったが、この時初めて食事に味がした。




