十二話 亢竜、悔いあり
『ガツガツガツガツ……うむ、美味い! が、まだ足りぬ! おかわりをくれ!』
「沢山食べるね、龍さん! 今持ってくるからちょっと待ってて!」
庵の庭。龍? の底なしの食欲にすっかり呑まれた俺は、その様子を眺めていた。あの後、なんとか遊牧民達の協力を得て、奇妙極まる不思議生物を老師の庵にまで運んだ。
釣り上げた時は動転していて気づかなかった。その長い体躯は傷だらけでところどころ血も滲んでいる。致命傷とまではいかなかったとしても、すぐに処置が必要だったということもあり、老師と翠さんが手早く治療を施した。
よほど腹が減っていたのだろう。龍は夢中で大ぶりのポーズを頬張っているが、その長い尾には包帯がぐるぐると幾重にも巻かれていた。
「しっかし……本当よく食う生き物……だな」
「だね! うちのエージとエメーは久々に料理しがいがある! って張り切ってるよ」
「逞しいな? ボルテの家族は」
「だってボルテのアムブルだもん! 皆、元気元気!」
家族が褒められたことがよっぽど嬉しかったのか、ボルテは胸を貼って上機嫌を隠そうともしない。
なんだか妙なことに巻き込まれなければいいが……と、相変わらずの星回りの悪さに天を仰ぐ。
翠さんから聞いた話だと、龍とは清栄における神らしい。
西の古いお伽話ではドラゴンが登場するのが定番ではあるが、果たして同一の存在として捉えていいものかは一考の余地がありそうだ。
こんな時、ガタイの割に学者肌のアルの従者、ジャイルさんがいればまた違った見解が得られるのかもしれないが。
「そういえばアル達はどうなったのかな……」
なんだかんだで大陸の東で目覚めてから直に三ヶ月が経過する。
この間、聖地がどうなったかについても何も情報は入ってこないし、そもそも帝国の状況がどうなってるかも当然、何も知らされていない。
確か年が開けてすぐに、色々あってお流れになったセシルの皇太女の儀が正式に行われたはず。
帝国史上初の女性皇帝となるお方の情報なら、遠く離れた清栄にも時間を置いて届くのでは……。とにかく色々と情報収集するにはどうしても清栄に向かう必要がある——
それだけは忘れないようにしないと。
思考をまとめつつ、すっかり冷めてしまったポーズをひょいと放り投げた。あーと大きく口を開けてかぶりつこうとして、
『——油断大敵。その肉饅頭もらった』
「は? あーーーーーーーー!?」
ぱくりと目の前で長い首を伸ばした龍の口が閉じる。
牙の隙間から肉汁が漏れ出し、つんとニンニクの匂いがした。
「おい! それ俺のポーズ!!」
『美味かった。美味であった。ん? 何を怒っておる?』
「人の食事、勝手に取られたら誰でも怒るだろうが! 龍だか神だかしらんが随分と舐めた真似してくれるじゃねーか!?」
『器がちいさいのう? たかが肉饅頭ひとつ、その神に恵むことすら出来んとは。矮小な人間はこれだから』
「……テメェ。今すぐあの川に放り投げ捨ててやろうか?」
『やれるものならやってみよ? 喧嘩ならいつでも買うぞ? なにせ我、神——だからな?』
「……。上等だよ、クソトカゲ。 そのご自慢の鱗、全部剥いでやらぁ!」
口汚い罵り合いから乱闘に突入するのは当然の流れだった。
激しく振り回される尾を掻い潜り、大きな顎を上から掬い上げるように打つ。
完璧に決まったカウンターかと思いきや、直後死角から振るわれた尾に勢いよく吹き飛ばされた。
「がはっ」
『ぐはっ』
お互い無傷で済むはずもなく、痛み分けを繰り返しながらも怒りのままに殴りかかる。喧嘩に夢中になってると、何事かとめいめい酒盛りしていた遊牧民達が集まってきた。
「お、なんだなんだ? 客人と龍が喧嘩してるぞ?」
「いいじゃねーか! 酒の肴にしちゃ派手な余興だ! どっちもやれやれ!」
「おい、こんな機会滅多にないぞ!? どっちが勝つか賭けようぜ!」
こっちはいたって真剣に殴り合いを続けてる中、いつのまにか集まってきた観客達がめいめいかってに盛り上がっていた。
娯楽が少ない草原の暮らしの民にとっては、たかが喧嘩でも余興にはなるのだろう。
ならせめて派手にやってやるかと龍の手足による攻撃を掻い潜っていると、いつの間にか長い首を伸ばしてきた龍が耳元で囁いてきた。
『たかが小さい人間の小僧如きが、と思っておったが中々にやる』
「なら、どっちかが倒れるまでやるか?」
『思い上がるなよ小僧。大国の陰に脅かされ、心休まる間もなかったであろう草原の民がくだらない喧嘩でも喜んでくれようものなら、龍に《《成った》》ことも悪くないと思っただけよ』
「……? よくわかんねぇけど、決着を着けるってことでいいんだな?」
『やれるものならな。せいぜい派手に醜態を晒せ小僧!』
不自然な間にいぶかしみ始めた観客に向けて、宣言するように龍が咆哮を上げる。
音圧に体の軸をずらされるほどの衝撃で咄嗟に距離を取った。
「なんつーでかい声……。耳塞がなきゃ鼓膜割れそうだな……」
『なかなかに楽しい時間であった。が、龍が人に負けたとあっては示しがつかぬ。完膚なきまでに叩きつぶしてやろうぞ!』
「あ゛!? 調子乗んな! ぶっとばされるのはお前だ!」
別に示し併せたわけではないが、意図せずして行われた決着前の応酬にギャラリーが一際大きな歓声を上げる。
会場のボルテージは最高潮、ここで引いたら男がすたる。
深呼吸して呼吸を整え、拳をぐっと握る。
熱気に誘われて吹き始めた風に乗った枯葉がかさりと地面に落ちたその瞬間——
俺は弾けるように飛び出した。
『はっ! 懲りずに正面突撃とは笑わせるなぁ!? 小僧!!』
「やかましい!! その立派な角ごとへし折っ……」
俺は数歩で距離を詰めて両足でぐっと地面を踏み締め跳躍の体勢に入った。
龍は迎え撃つべく地面を這いずり鎌首を持ち上げた。
拳と鳥の足にも似た龍の大きな手が交差しようとして——
突如、人影が飛びこんで来た。
「は?」
『ぬ?』
「——何をやっている。馬鹿弟子! 馬鹿龍!」
なんだか懐かしい口調と共に振り下ろされた華奢だが力強い拳骨。それが俺と龍の大きな頭に同時に振り下ろされた。
喧嘩でたぎった気合いも消し飛ぶ衝撃。星が目の前で回り……意識が遠のく。
「まったく……少しは成長したかと思えば、やんちゃなところはあいかわ……あれ? ……私は一体……何を?」
「し……師匠……?」
「おまたせー! 龍さんおかわり持って……えええええええええ!?」
殴ったのは翠さん? それとも師匠……なのか??
自分で起こした行動に、自分で驚いている翠さんを薄目で追いながら、そこで意識が完全に途切れた。




