第20話 深緑
皆さんこんばんは、星月夢夜です。
パンが好きです。
特にシンプルなパンが好きです。
コフのみんなが焼いてくれないかな……。
では、本編スタートです。
朦朧とした世界の中で、少しだけ意識を取り戻すヒビキ。彼はどこかに倒れていて、力ない手や体が触れている感触は地面ではなく床であった。目は薄らとしか開かず、視界はぼやけていてはっきりとは分からない。
(……ここ、は)
感触から、そしてぼやけて見える視界の先から、自分が今いる場所は先ほどまでいた森林ではなく建物の中だということをヒビキは理解する。
(何も、きこえない)
人の声も、足音も、木々が風で揺れる音も。何も聞こえない。ただ聞こえるのは、少し弱々しい自分の鼓動の音だけ。多くの使用人たちと生活しているヒビキにとって、静寂な時間は嫌悪さえも抱くものであった。
(……みんなは)
敵の襲撃に合って連れ去られ、バラバラになってしまったヒビキたち。最後までヒビキのことを守り続けたアイリスも、ヒビキの目の前で気を失ってしまった。
(どこに、いるの)
ヒビキはただ、使用人の身を案じていた。たとえ自分と離れ離れでも、彼らが無事ならそれでよかった。もし、自分を助けに来ることで彼らが危険になるというのであれば、ヒビキは決して助けなど望まないだろう。
(みんなと、いっしょに)
それは今の1番の願いであった。
(この森を、でられます、よう、に……)
そして、ヒビキの意識は再び深い闇の中に落ちていった。
「……さん、リスさん、アイリスさん!」
自身の名前を呼ぶ声で意識が起きるアイリス。目を開けると、そこには少し心配そうな表情を浮かべたブラックがいた。
「……ブラック?」
アイリスは体を起こす。周りを見ると、そこは見知らぬ小さな小屋の中だった。物は何も置かれておらず、いるのはアイリスとブラックだけ。ヒビキやカーネ、他の参加者の姿はなかった。
「私たち、分断されてしまったようですね」
空っぽの小屋を見て、アイリスがそう呟く。
「痛てて……」
そんなアイリスの隣で頭を押さえているブラック。
「ブラック、大丈夫ですか?」
「えぇ、なんとか」
アイリスの心配にブラックは苦笑いを見せた。
「あの、アイリスさん」
その時、アイリスの隣で跪くブラックが彼女に声をかける。
「?」
「実は俺……麻酔針が効かない体質でして。それで、眠っているふりをして敵の会話を盗み聞きしていたんですけど」
流すように自分の特殊な体質を伝えるブラック。気になったアイリスだが、後半の内容の方が今は重要だと思い彼の希望通り流すことにした。
「どのような会話を?」
「俺をどうするか、みたいな話でした。そいつらは、その判断をテセラに仰ごうと言っていましたが」
ブラックは続ける。
「その時に、連れていくのは女だけじゃないのか、みたいなことも言っていました」
アイリスの目が、ほんの少しだけ見開かれる。
「俺たち、というかヒビキ様、アイリスさん、カーネを麻酔針で眠らし、アイリスさんと俺を何らかの目的でここへ連れてきた」
ブラックの冷静な考察を聞きながらも、アイリスはいつもの笑みを絶やさない。
「ブラックが敵から聞いた話も考慮すると、私たちだけではなく、他の参加者の方々も同じような状況になっている可能性が高いですね」
そして、アイリスは空間を見つめる。
「……ヒビキ様も、おそらくどこかの小屋の中に。カーネが一緒ならまだよいのですが、そうとは限りません。もしかすると、お一人でいらっしゃるのかもしれません」
アイリスがゆっくりと立ち上がる。その目には、静かな怒りと決意が滲んでいた。
「……ヒビキ様を、助けに行きましょうか」
「はい」
ブラックがその言葉に頷き、2人で小屋からの脱出を試みることに。とはいっても、やることはただ小屋の扉を開けるのみ。2人は拘束されているわけではなく、各々の武器もそのままある。扉が施錠されていたとしても、今の2人にはこじ開けることができる。
(そのような今の状況に、疑問はありますが)
しかしどのような状況下にあろうとも、アイリスの最優先事項が変わることはない。アイリスは自身の槍を持って小屋の扉に近付き、ブラックもナイフを持ちその後に続く。そしてアイリスがそのノブを回そうと手を伸ばした、その時。
「……!」
途端、外に気配を察知したアイリスは素早く後ろに下がる。ブラックの隣にくるほどに。普通ではないアイリスの行動に驚くブラックは彼女を見る。だが当の本人は、真っ直ぐ扉を見ていた。それにつられるかのように、ブラックもまた扉を見る。するとその扉が、ゆっくりと、開かれる。
「……っ」
アイリスですら多少動揺する今の空気に、思わず息を呑むブラック。その中でも、扉はゆっくりと開かれている。そして完全に開いた後。そこにいたのは、金色の長い髪を持つ男性。彼はアイリスとブラックの姿を見て、少し口角を上げた。
「クライトの使用人、実に興味深い」
そう言うと男性はゆっくりと、丁寧に、礼をする。
「お初にお目にかかる。私の名は、テセラ・グリーン」
アイリスとブラックの前に突然現れたテセラ。イベントの開始時刻にも、イベントの会場のどこにも姿を見せなかったテセラが。今、2人の目の前にいる。自分たちがずっと探していた人物が突然現れ2人は驚くも、警戒心を最大まで高めた。
「……私たちのことを知っているのですか」
珍しく笑みを消したアイリスがテセラにそう問う。
「あぁ。お前たちなら、必ず来るだろうと思っていた」
ブラックが睨む。
「リオ・ルーインに聞いたのか」
テセラは鼻で笑う。
「あんな男に興味はない。だが、確かにいい仕事はした」
(……リオ・ルーインのことを知っている)
アイリスは静かにテセラを見つめる。ヒビキの中に暗い影をおとし、その正体や目的が謎に包まれている人物。彼の真相に近付ける可能性を、ついに見つけた。
「君たち2人のことは部下から報告を受けている」
再びテセラの口角が上がる。
「私は非常に興味を持った。そこでどうだろう。お前たちには、これから行われる狩りに参加してほしいのだ」
「……狩り、ですか」
アイリスが思わず聞き返す。
「そうだ。お前たちがやることはとても簡単。この後に鳴る狩り開始の合図とともにこの小屋を出て、森を抜ける。ただそれだけだ」
テセラの声は艶っぽいがどこか重く一声で不快になる、とアイリスはうっすら思う。
「なぜ、私たちにそのようなことを?」
アイリスからの問いに、テセラが上げた口角を下ろす。
「……お前たちには分かるわけもない」
そう言ったテセラは踵を返し、小屋を後にしようとする。せっかく見つけた手がかりを逃さまいと、アイリスは持っていた自身の槍を構えて攻撃しようとした、が。
「あぁそうそう」
小屋の外へ向いていたテセラの足が突然止まった。それに合わせてアイリスの動きも止まる。
「1つ、伝え忘れていた」
そしてゆっくりと、アイリスとブラックの方へと振り返る。
「お前たちの主であるヒビキ・クライトは、私の手中にある。妙なことはしないことだな」
2人は目を大きく見開く。その言葉は、2人を大きく動揺させるには十分であった。
(……ヒビキ、様)
アイリスは息が詰まりそうだった。大切な主が、想像もしたくなかった最悪の事態に陥っていた。今すぐにでも、目の前のこの人物を殺して、助けに行きたい。今すぐにでも、大切な主に会いたい、無事を確認したい。そんな思いを押し殺すかのように、自身が持つ槍を強く握りしめるアイリス。
「……っ」
昨晩自分がヒビキと交わした約束。それを、守ることができなかった。だがそれでもヒビキが、大切な私の主が自分のことを今も求め続けていると信じて会いにいくしかない。それなのに。
「……」
アイリスも、ブラックも、テセラにヒビキを盾にとられた以上下手に手出しができず、その場から身動きがとれなくなってしまう。そんな2人の様子を見たテセラは、2人を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「そのまま、狩りの始まりを待つがいい」
そしてその言葉を残し、テセラが小屋を後にする。アイリスとブラックは動かずに、ただその背中を見送ることしかできなかった。
少し前。とある小さな小屋の中で、カーネは目を覚ます。
「……ここ、は」
次第にはっきりしていく意識に合わせて体を起こす。カーネがいた古屋も、アイリスとブラックがいる小屋とほとんど同じような形状だった。だが、2人がいるところとは大きく異なるものがあった。
「あの……大丈夫ですか?」
そう言って、ある女性がカーネの顔を遠慮がちに覗き込む。
「え、あ、はい」
カーネがたどたどしく返事をするも、女性は安心したような表情を浮かべる。
(もしかして、他の参加者……?)
目の前のことに少し混乱しつつも、今の状況を整理することにするカーネ。
(小屋みたいな小さな建物で、私の他に女性が5人。ヒビキ様やアイリスさん、ブラックの姿は……なし)
中にいる女性たちは皆怯えた表情を浮かべ、バラバラな場所に座っている。どうやらカーネが1番最後に目覚めたようだった。カーネは、そのうちの1人である先程自分のことを心配してくれた女性に声をかける。
「あの」
女性は酷く疲れたような顔をしていた。
「……? はい」
カーネが聞く。
「貴方は、今回のイベントの参加者の方ですか?」
女性は頷く。
「えぇ……」
他の女性にも聞いてみることに。
「皆さんもですか?」
女性たちは小さく頷いた。
カーネは再び、最初の女性に視線を合わせる。
「ここには、どうやって?」
「……森の中を歩いていたら、突然首にチクっていう小さな痛みを感じて。その後、なぜかすぐに視界が揺れるくらいのすごい眠気に襲われて……。起きたら、ここに」
(……私と同じ)
突如鳴った甲高い笛の音にアイリスと共に警戒していた時、首元に痛みを感じたカーネ。そして女性と同じように意識を失った。
(ひょっとして、麻酔針……?)
敵が麻酔銃を所持していることを知らないカーネも、その存在に辿り着く。
(どうして麻酔銃なんか……)
「……あの」
その時、女性がカーネに声をかける。
「実は、貴方がまだ寝ている時に外に出ようと、そこの扉を開けようとしたんです」
そう言ってカーネの後方にある扉を指差す女性。カーネはその先を見る。確かに、小屋の出口と思われる茶色い扉があった。
「ですが、鍵がかかっていて開かなかったんです。それに、すぐ近くで誰か男性の声が聞こえて、怖くて……」
女性は顔を伏せる。おそらく、その時のことを思い出して恐怖しているのだろう。そう思ったカーネは女性を宥めるように女性の背中を優しく撫でる。そしてもう一度、小屋の扉を見る。
(……行ってみよう)
決意を固めたカーネは、ゆっくりと小屋の扉を目指す。目的は開けること、というよりかは外の人の存在を確認するために。扉の隣まで辿り着くと、壁に背中を付けて扉の前から聞き耳を立てる。
(……)
声こそ聞こえないものの、確かにそこに誰かがいる。ひしひしと、人の気配を感じるカーネ。
(2、3人ならすぐに対処できるけど……)
気配だけで正確な人数までは把握できない。それに加え、カーネは女性たちというハンデがある。自分の独断で、彼女たちを危険な目に合わせるわけにはいかなかった。
(……5人も、私に守れるかな)
前の屋敷での出来事があってから、カーネの精神は少なからず成長した。しかしながら、それでもまだ成長途中。今のこの状況下においては、弱音を吐かざるをえなかった。
(……でも)
やらなくてはいけない。そう思った、その瞬間。
「……!!」
再び森の中に甲高い笛の音が、鳴り響いた。
再度皆さんこんばんは、星月夢夜です。
今回は分断されたヒビキチームのお話です。
ソルトチームとは真逆ですね。
遠く離れていても、どこにいても
彼らの心はいつでも繋がっている気がします。
それが彼らの力となることを願っていますね。
それでは、本日もお世話をしてくれている家族と
インスピレーション提供の友達に感謝しつつ
後書きとさせていただきます。
星月夢夜




