死霊送還
「動く死体騒ぎの種はこのガス・ストーカーの群れだったのだろうな」
我はありったけのハンカチをアリスに渡し、顔を拭かせながら言った。
「なるほど……死体の中に入り込んで魔法探知を免れたということか」
気絶から覚めたガラテアがしかめつらしい顔で応える。
なるべくアリスの顔を見ないようにしているようだ。
笑ってしまうからだろうな。
「それにしても殿下が見当たらない。あれだけ集めたであろう死体もだ」
「うむ。フェイ、何か感じないか」
「ガス・ストーカーが燃えた臭いでわかりにくくなってますけど、腐った肉みたいな……」
当たり前だろう。
無数の死体が集められていたはずなのだ。
スキルも何もない我さえ、鼻をつく屍臭を嗅ぐことができる。
「それと、何か聞こえます。瓦礫の下から」
我はフェイの指す方向に歩き、耳を澄ませた。
「……呪われよ……呪われよ……」
夜の風に混じる。
呪詛の声が聞こえる。
「アリス。瓦礫を少しどかしてみてくれ」
「はい!」
瓦礫と廃材が恐ろしい勢いで吹き飛んで行く。
ほどなく、巨大な灰色の腕が露になった。
「下敷きになって動けないのか」
ガラテアが不快そうに眉をしかめた。
「これほどの大きさなのに力は強くないようだが……」
その間にも呪詛は続いている。
同じ台詞を同じ間隔で続けている。
声は大きくない。
通常の人間一人分の、それもあまり元気のない声だ。
「力が強くないって言うか、ぜんぜん動いてませんよ?」
アリスがその辺にあった棒で腕をつつきながら言う。
「ではこのおぞましきものはいったい何がしたいのだ……?」
ガラテアは誰にともなく呟いた。
「やろうとしたことと使った方法に食い違いがあったということであろうな」
我は病み骨の短杖を構えずに呪文を唱えた。
ごく下級の、しかもこの世界では、全く意味のなかった呪文だ。
魔力を行使するわけではない。だから、ちゃんと働くはずなのだ。
「不死感知」
巨大な腕が極めてかすかに、しかし確かに不吉な光を放った。
我は巨大なゾンビーを哀れんだ。
この国の王弟は神にでもなろうとしたのだろうか。
入れ物は大きくとも、そこに込められる魂が一人分ではただの寝たきりの半死体が出来上がるだけである。
「……呪われよ……呪われよ……」
正気はとうに失われているのだろう。
「ハイデンベルク殿、貴殿は何かお分かりなのか」
「ああ……うむ」
説明がしにくい。
魂の存在を信じないことには、根幹で話が通じないからだ。
我はいくらかの推測と嘘を交えてガラテアに説明を試みた。
本当のところは信じてもらえてはいないと思うが、我がこの巨大な死体について何らかの解決法を持っていることだけはわかってもらえたようだ。
「でも、だったらこれ、何もしなくたっていいんじゃないですか?動かないんでしょう?そのうち鳥とかに食べられちゃうんじゃないかな」
あ、アリス。余計なことを言うな。
「もっともな申されようながら、もしこのおぞましきものに殿下が閉じ込められているというのがまことであれば、あまりにも哀れでござる」
「さようさよう。なんとか致さねばならぬ」
我は少し早口になりながらガラテアの手をとった。
「ハイデンベルク殿……」
ガラテアは涙ぐんでいる。
「あー……お任せくだされ!」
なぜか罪悪感があるな。
"死霊送還"
これは厳密には魔術ではない。
世界の順逆を正し、死者を死者としてやすらわせる技であり、魔力を必要としない。
我が呪文を唱えると聖なる光が巨大ゾンビーを覆った。
こうしてフロンド王国を騒がせた王弟の魂はあっさりと輪廻に入った。
「呪詛が止まりましたな……」
「さよう。この死体を動かしていたかりそめの生命は失せ申した」
「動いてはいなかったよね」
「うん。ぜんぜん動いてはなかった」
アリス、フェイ。
余計なことを言うな。
ともあれ、我はこの世界で"死霊送還"を使うことが出来た。
これは我を巡る三つの勢力の葛藤に幾らかの影響を及ぼすことであろう。




