アンデッドの城(仮)
「む、ここは……」
ガラテアが正気づいたようだ。
「近づいている。鳥の準備を」
ここは廃城にほど近い空き地の一角である。
以前は小さな町だったのだろう。
生い茂る草木の影に朽ち果てた家らしきものがかろうじて判別できる。
人影はない。
だが、濃い屍臭と踏み荒らされた地面に残る足跡がここが目的地であると告げていた。
日はまだ西にあるが、覆いかぶさるように聳える廃城のせいで薄暗く感じる。
森に沈んでしまった城下町に比べ、城は以前の威容をかなり残していると言えよう。
「城と言うよりは国境の砦のようなものだな」
「大昔から何度も城が築かれてきた場所なのだ」
ガラテアが鳥を放ちながら言った。
「以前は交通の要所でな。他国と何度となく取ったり取られたりを繰り返していたそうだが、海運による貿易が盛んになるにつれ、この街道も重要ではなくなってしまった。ここの領主の末裔も今ではフロンドで商人などしておるよ」
鳥は勢い良く舞い上がると我等の上で二度ほど旋回し、廃城を指して飛んだ。
「これは、他を探す意味は無くなったか」
ガラテアが無念そうに言った。
調査隊に生存者がいるとは思えない。
「鳥も戻した方がよかろう」
我が言うのとほぼ同時に鳥の翼が折りたたまれ、甲高い叫びを一声上げると城の中に落ちた。
我等は顔を見合わせた。
「何か、見えました。変な雲みたいなもの」
フェイが言った。
この世界にアンデッドはいない。
今のところはいないはずだ。
我の周りでしか輪廻は動いていない。
言ってみれば試運転状態で、アンデッドのように法則を外れたものが自然に存在できるような状態ではないのだ。
つまり自然にでなければ。
強力な遺失呪文で生まれたての輪廻から魂を強奪するような真似をすれば。
アンデッドが存在できるようになるかもしれない。
我ながら強引な考えで、妄想と言われても仕方がない。
しかし、こんな強引なやり方で死体を集める理由にアンデッド作成ほどふさわしいものがあろうか。
我は鳥が落ちた廃城の門の向こうを見据えた。
今にも大量のゾンビーが襲いかかってくるかも知れない。
鳥を落とした雲じみた敵も気になる。
我は待った。
「……何も出てこないな」
「うむ。待ちかまえているのであろうか」
我とガラテアは顔を見合わせた。
三十分が経過し、辺りは完全に暗くなっていた。
強力なアンデッドの中には陽光を嫌う者も多い。
だが、ここまで待つ必要はなさそうなものだ。
なにかちぐはぐな感じを抱きながら我等は灯りを持った。
"永続光"の呪文を唱えてもいいが、病み骨の短杖をここで使いたくなかったのだ。
「早くアンデッドが出てくれぬものかな」
つい、口の中で呟いてしまう。
「なんでしょう?」
耳ざといフェイが振り向いた。
「なんでもない。警戒せよ」
我は前を指差した。
大門は形こそ保っていたが、完全に腐朽し、木材部分は頑丈な蔦にとって変わられていた。
「ええい!虫が!」
「キャッ!」
そして通用門は得体の知れぬ虫の住処と化していた。
「大量の死体が通った後でこんなに蔦が茂っている訳はない。こちらではないな」
「先に言ってください……」
アリスが蜘蛛の巣を頭に引っ掛けて恨み言を言った。
「門から入ってはいないのか」
ガラテアが手袋に入り込んだ虫を払い落としながらしぶい顔をした。
「横に回ろう。壁が崩れている箇所があるはずだ」
しばらく歩くと、先頭のフェイが手をかざした。
「あそこでは?」
正面からでは分かりにくかったが、横壁が大きく中に崩れ落ちている。
その中から薄青い奇妙な燐光がかすかに漏れていた。
「灯りを消して行こう」
「これ以上は危険であろう。それがしが先に参る」
ガラテアが硬い声で言った。
「ハイデンベルク殿らに危険を及ぼしたくはない。わしが戻らず、異変などあれば逃げていただきたい」
そういえば、そんな話をしていたのだったな。
「ここまで来てそんな訳にはいかぬ」
我は声を心持ち高くした。
「しかし、最初からその約束であったぞ」
「それがしも領地を持たぬとはいえ騎士のはしくれ!今更ガラテア殿を見捨てて去れようか!」
「ハイデンベルク殿……」
ガラテアは涙ぐんだ。
「しかし、これは我が国の問題……」
「いやいや、さにあらず……」
我とガラテアは敵の目前で徐々に遠慮を無くし、大声になりながら古風な騎士物語のような押し問答を繰り広げた。
頼む。早くなんでもいいから出てきてくれ。




