王都フロンド
フロンドに近づいているはずなのだが、一向に森が尽きない。
方向は間違いないと思うのだが。
森の中にいくつかの集落が見えたが、霧の中の村と同様の足止めをされるのは避けたい。
無視して通り過ぎるよう指示した。
こうした村々に実質的な被害は恐らく生じていない。
森の中に潜む何者かは、今のところ死者にしか影響力を及ぼしていないからだ。
その最終的な目的は未だ明らかではない。
考えながら馬車に揺られていたが、森はいよいよ深い。
さすがにこれは道を誤ったのではなかろうか。
どこかで脇道に外れてしまったか。
半日走ってそう思いかけた頃、道を塞ぐ武装した者達が見えた。
山賊などではない、統一された武具に旗印。
フロンドの衛兵隊だろう。
臨時の関所を作っているようだ。
それも、我らが走ってきた方向とは逆……フロンドの都に向けて防備を敷いている。
都から逃げ出す死体に備えて。
こちらに気づいた衛兵が手を挙げて止まるように促してきた。
「どちらの家中の方でしょうか?」
非常に丁重に声をかけてきた。
我等の馬車はそれなりに良い作りだが、家紋などは入れていない。
正体不明の相手にここまで丁重に接して衛兵など務まるものだろうか。
そうか。
森の中にある所領からとるものもとりあえずありあわせの馬車で逃げてきた貴族の子女だと思われているのだ。
動く死体騒ぎは大規模なパニックを起こしているようだな。
「それがしはヨーハン・ハイデンベルクと申す。アルカディアから参った。騎士貴族のガラテア殿に宛てて御子息カート殿からの書状を預かっておる。お引き合わせ願えようか」
「それは……わたくし如きでは判断し兼ねます。暫時お待ちいただけますか」
衛兵は部下を伝令に出した。
しばらくは暇である。
「王都フロンドはこの近くなのであろうか」
最初に話しかけてきた頭らしき衛兵は作業に戻ってしまい、我等の元に残ったのは見張りともなんともつかぬ曖昧な立場の若い男だけだった。
「は、はい、こちらで、ゴホン、ゴホン」
彼は緊張しているらしく、いきなり話しかけられて喉を詰まらせながら指で南の方をさした。
てっきり森の一部だと思っていた巨大な緑の壁。
それがフロンドの城壁だった。
それほど間を置くことなく、伝令は騎士の一団を引き連れて戻ってきた。
「ヨーハン・ハイデンベルク殿とは貴方のことかな。愚息の手紙をお持ち頂いたとか」
先頭に立つ背の高い騎士がガラテアのようだ。
カートの父のはずだが、ごつごつした岩のような顔はあまり子息には似ていない。
いかにも騎士らしい頑固そうな男ではある。
かなり弱っているとカートは心配していたが、今はそんな気配は微塵もない。
「さよう。まずは書状を」
彼はさっとそれを一読した。
そう大したことは書いていないはずだ。身分の証明になればよい。
「愚息は貴方に心酔しておってな。当代一の英雄とまで言っておる」
好意的な文言のはずなのになぜか疑わしげな目つきだ。
「前の手紙では大変な偉丈夫ということだったが。実際に見るとそうでもないような……」
カートのバカ。
余計なことを書くな。
身長が縮んだことについての言抜けは大変だった。
とりあえず、竜人の王ドレイクの呪いということで落ち着いたが、謂れのない悪名を着せられたドレイクにはすまぬことをした。
全てカートが悪い。
そしてその父であるガラテアは更に面倒な事を言い出した。
「なるほど。いにしえの竜を屠るとはさすが英雄!先日からのおぞましい騒動でへたばっているわしの部下にも見習わせたいものよ。何人かと立ち合って貰えれば、誠に嬉しいが」
さすが衛兵を束ねる騎士だ。
我がヨーハン・ハイデンベルク本人でないという疑いを捨てていないのだろう。
断りにくいが、間違ってもまともな戦いになどならぬ。
どうしたものか。
「あたしがまず立ち合ってもいいですか?ハイデンベルク様と戦うならあたしくらい片手で捻れないとだめですよ」
アリスが助け舟を出してくれた。
フェイよりも防御に長けた彼女の方がいいだろう。
ガラテアは少々驚いたようだが、妙齢の女性からの挑戦は断れまい。
緑の城壁は石組みの上に太い蔦を絡ませたもののようだ。
普通、蔦は石を脆くするので早々に取り除かれるが、フロンドの城壁には特殊な魔法がかかっているのだろう。
全くそのような様子は見えない。
我等は動く死体騒ぎの中、久しぶりにフロンドにやってきた異邦人ということで街に入る前から注目を集めていた。
しかも英雄というよりは女冒険者を二人も従えた色好みの貴族として見られているようで、あまり心地良いとは言いかねる。
代わりにアリスとフェイは歓迎されているようだ。
「たまんねーなー、あの乳!」
「かわいいなあ……」
「いくら貴族でも、あんな美人を二人も……」
「許せねえ!」
なぜだ。なんという理不尽。




