霧の中で
「出てってくれるか。そりゃ助かる」
リーティカは身も蓋もない言い方で我等の調査行を賛成してくれた。
「十人評議会の中でもあんたらの扱いについては紛糾しきってるんだ。いなくなってくれれば、毎日の会議が減ってくれるかもしれん」
そこまで言われては苦笑せざるを得ない。
「で、フロンドの動く死体騒ぎか」
「うむ。一概に幻だの、気の迷いだのとは言えぬと感じるのだが」
「あれな、増えたってよ」
「……なに?」
カートの父が盗賊の死体が動き出すのに遭遇したのが十日ほど前。
その後、数日と置かずフロンドとその周辺の村で新しい死体ばかりが逃げ出したのだ。
この世界では生まれ変わりが信じられていないためか、葬儀や墓所などは簡素なものだ。
王族でもなければ大きな墓など作らず、簡単に土葬、重罪人は火刑の代わりに火葬して埋める。
それでも死者との別れを惜しむ習慣はあり、埋葬まで夏なら一日、冬なら三日ほどの期間を置く。
それが有力者であれば街の広場などが提供されることもあるという。
盗賊頭の次に逃げたのは落馬して首を折った貴族で、夕刻、広場に集まった弔問客の目の前でいきなり硬直した手足をぎくしゃくと動かし、あり得ないような跳躍で城壁を飛び越えて行ったらしい。
後は順不同に老若男女、貴賎を問わず一様に森の奥を目指して走り去った者、リーティカの知る限りで六十名。
フロンドの人口はおよそ三万、周辺村落を加えてその倍。
この規模であれば死亡者はもっと多くても不思議ではないが、赤子、手足のない者、身を支えかねる老人や病者は何故か一人も起き上がらなかったらしい。
「健康な死人ばかりということだな」
リーティカは真面目くさった顔で嫌な冗談を言った。
カートの父もこれだけ実例があれば世迷言と責められはしないだろう。
だが、今頃は動く死体の対策で頭がいっぱいであろうからどちらにせよ救われぬ。
「新鮮な死体だけというのがどうも引っかかるが……」
我は一人呟いた。
禁足明けを待って仕立てられたフロンド行きの馬車の中である。
我等を追いだしたいというリーティカの言い分は本気であったらしく、何の抵抗もなくこの小旅行が認められたのだった。
ただ、本気で"混沌の渦"を放逐したいというわけでもなさそうで、現在も我等は公式には冒険者学園内の施設に滞在中ということになっている。
そのあいまいさが、アルカディアを支配する十人評議会の内情の錯綜ぶりを窺わせるようだった。
許されている旅行期間はフロンドまでの往復を含め、一か月以内。
それまでに評議会としての意志統一を図るそうだ。
そちらについては我等に出来ることは何もない。
動く死体の件に集中することができるので喜ばしいことだ。
「なんか臭そうですよね~」
「髪に臭いがついてしまいそうです……」
アリスとフェイはぶつくさ言っているが、頭を使うことで彼女らをあてにしてはいない。
それに、兜を脱いで顔を露わにしているだけで上機嫌になってくれるので以前より扱いやすくなったと言えるだろう。
妙に同じ毛布に入ってきたがるのは困ったものだが。
フロンドまでは馬車で三日ほどの行程で、御者を連れるのを二人が嫌がったので経験のあるアリスが主に御者役をやっている。
なるべく我とフェイが二人きりになる機会を作るまいと牽制しているようで、食事や野営以外は並んで御者台に乗っていることが多い。
二日目に入ると、深い森の中の細い道を辿るのに夢中で、うるさいほどだった彼女らの声があまり聞こえなくなった。
会話相手もなく、薄暗い馬車の中にいると振動も相俟って眠りに誘われてしまう。
睡眠不要でなくなった我は、久しぶりに居眠りをしていた。
夢は見なかった。いや、覚えていないだけだろうか。
不吉な霧に包まれたような浅い眠りから、フェイの押し殺した声が我を呼び覚ました。
「危険……馬車をとめて下さい。姉さん」
「突っ切った方がよくない?」
「あたしたちだけならいいですけど。馬が死んだら困ります」
紗のかかった窓から、白い霧が周囲を包んでいる様子がわかる。
そして霧の中、声もなくよろめき歩く影がおぼろに見えた。




