ドラゴンスレイヤー
我は病み骨の短杖を鞘から引き抜いた。
『歩行の自由』
『呼吸の自由』
足元を侵食する溶岩と熱気を魔法で防ぐ。
「わっ!浮かんでる?」
「視界内の仲間に歩行と呼吸の自由を与えた。ドレイクとやらに会うとしよう」
三十階のほぼ全ての構造物は灼け崩れていた、
我等はその中をすべるように進み、労することも無く座する巨大な影を見出した。
影は朧な輪郭を乱し、四足の赤い竜の姿を現した。
竜人でも、亜竜でもない、ドラゴン。
ドラゴンは凶悪な牙を秘めた口を開き、低く吼えた。
「来たか。呪われた者」
「お前がドレイクとやら申すトカゲどもの首領か」
「然り。我こそは最古の、最後の竜。哀れな竜もどきを従えた愚者の王国の王なり」
知っているのか。
「輪廻のサイクルを外れ、衰退に向かうこの世界を救うことを欲するなら、この竜を屠れ」
「待て、話し合いを……」
「竜の魂を輪廻の輪に戻すのだ」
この者は知っている。知りながら言っている。
「竜を輪廻に戻すには今しかないのだな。しかし、ただ一匹で戻ってどうなる」
竜は火を口からしたたらせながら笑った。
「この魂が鉄の楔となり、同胞を深淵より引きずり出す!我が魂は打ち砕かれようとも、懐かしきともがらとの再会の約定を果たし、彼らと渾然となって輝かしき残忍なる竜族を世界に再臨せしむるであろう!」
そして竜の口はそれ以上の言葉を紡がず、業火を吐き出した。
アリスが我をかばい、盾を掲げる。
「くだらない事をぺちゃくちゃ喋りやがって!」
盾はたちまち火が付き、燃え始めるが意に介さず、彼女は進む。
巨大な爪のある前足がアリスを薙ぎ払おうとするが、右手の剣が破城槌ほどの大きさの鱗ある足を止めた。
見る間に左も。
竜の巨躯に対し、アリスはまるでひな菊のようにか細いが、彼女の腕にこもる力は人間のものではない。
「でっかいのは体だけか!弱いんだよぉ!」
前足が両方、弾かれたように左右に開く。
「いけ、フェイ!」
その間を弾丸のようにフェイが走り抜けた。
しかし、足元の溶岩から現れた人間ほどの大きさの赤い亀じみた物に行く先を阻まれた。
「フェイ、殴るなよ!それは生き物ではない。殴ると多分、爆発するぞ」
「はい!どうしましょう!」
溶岩亀の攻撃を避けながらフェイが叫び返す。
『雪狼の王よ、来たれ』
我は氷の精霊界から呼び出せる限り最大の氷の王を呼んだ。
手ごたえは遥かに遠い。
やはり、今は縁もない世界からそれほどの大物は呼び出せない。
しかし、開いた世界の穴から、氷の精霊界の一部がここに侵食する。
それで十分だ。
溶岩はたちまち冷え、亀どもは行動の自由を失う。
凍った沼地に足を踏み入れたように。
「今のうちだ!」
「ハッハー!」
もろい岩石にすぎなくなった溶岩亀の足を蹴り折り、フェイがドレイクの元に到達する。
迎え撃とうと下げられた竜の鼻面にも霜が降りている。
「あっためて!やる!」
フェイの拳が虹色の光を帯びた。
巨岩のようなドレイクの頭がかち上げられた。
牙が何本も折れ飛ぶ。
まっすぐに揃えられ、首元に突き入れた指先が竜の皮膚を破り、鮮血を迸らせた。
「人間ども!」
不明瞭な怒号とともにドレイクの傷から炎が噴き出し、溶岩亀が新たに身を起こす。
しかし、寒さのせいでその動きは鈍い。
アリスは鈍らになった双剣にも構わず前足を叩き続け、見えない腕の持つ盾はしつこく顔面を殴りつける。
フェイの連続拳は城壁にも似たドレイクの腹に容赦なく風穴を穿つ。
やがて、海のように血を流し、最後の竜は地響きを立てて倒れた。
「これで満足か……」
我は倒れたドレイクに問いかけた。
竜はかすかにまぶたを開いた。
「もっと早くこうするべきだったのだ。だが、お前は来るのが遅かった」
「他の竜人はどうする」
「全て始末して来た。お前が救ってくれれば、奴らも正しく生まれ変われるだろう。あんな退化した姿ではなく……」
竜は沈黙した。
我はまぶたを閉じてやろうとしたが、あまりにも重く、叶わなかった。
やがて、アリスが首を斬りおとした。
「ドラゴンスレイヤー!!」
彼女たちは唱和し、手と手を打ち合わせた。




