ドレイクの呼び声
後から聞いたが、あの時足元から吹きだしたアラベスク模様は我だけでなくアリスとフェイにも見えたらしい。
我の姿が見えなくなっていたのはほんの数秒というところだったらしいが、二人は相当不安だったようだ。
煉獄と違い、意識だけでなく身体全体が送りこまれていたのだろう。
危険だ。
これまで、我を最終的に破滅させる確率が一番高いのは偽の主だと思っていたが、混沌には次元の違う危険さがある。
対抗するためには、我の造物主としての力を上げるほかない。
そのためには、他者からの信頼、もっと望ましくは信仰を得る必要がある。
竜人を従えることで、その準備を整えることができるだろう。
「あれ?ハイデンベルク……じゃない、よな?」
戻ってきたリーティカが疑わしげだ。
「ヨーハン・ハイデンベルク本人だ。理由は細かくは明かせぬが、姿が少々変わってしまった。それだけだ」
「それだけだってお前、そんなこと簡単に肯けるかよ」
「それがしの希望でこうなったわけでもない。受け入れてもらうほかないな」
「……お前を見ていると退屈はしなさそうだな」
「本意ではないが、全くその通りだ」
「戦闘能力はどうなんだ。ずいぶん小さくなっちまったが」
「まだ戦闘が起るのか」
「それはわからん。なぜ竜人がこんな大侵攻してきたのかもわからねえんだから」
「調査をしにいこうと思うが、異論はあるか」
「本当か?」
「嘘など言っても仕方がない。もともと竜人とは話し合いを持ちたいと思っていたが、向うがこんな強硬手段に出てきているのに漫然と時を過ごせぬ」
「助かるよ」
リーティカは軽く頭を下げた。
「別口で中等クラスの校舎に現れた竜人どもは十人評議会で退けたが、こちらにも負傷者が出た。しかも魔人らしいのは逃がしてしまった。お客様に頼んで申し訳ないが、お前達が行ってくれないとかなりまずい状況だ」
「了解した。それがしの戦闘能力はともかく、アリスとフェイを連れて行く。心配はない」
「「お任せください!!」」
二人が声を合わせる。
頼もしいが、言っておかなければならないことがある。
「二人には世話をかける」
倉庫に寄り、二週間分の食料と日用品、簡易天幕を持ち出す。
足りるかどうかはわからない。
フェイとアリスのパーティーや、シィリィ達も同行を申し出たが、危険過ぎるので謝絶した。
竜人のこれ以上の攻撃がある前に対処するため、歩きながら二人に説明する。
「任せてください!なんでもやります!」
「あたしもあたしも!」
「それがしのHPだが、今4211しかない。レベルアップしてもそれほどは上がらないはずだ」
「怪我でも??」
「違う。普通の人間なみになっただけだ。これからは魔法主体で戦うことになるだろうが、なんでもない攻撃でも致命傷になる可能性がある」
「あたしがお守りします!」
アリスが満面の笑みで言った。
フェイは悔しそうな顔をしている。
「攻撃してくる前に殺せばいいんですね」
そういうことではないのだがな。
「それがしが死んだ場合のことだ。お前達は自分で生きていかねばならぬ……聞いているか?」
二人とも返事をしない。
何も聞こえていないかのようだ。
今は無理か。
「とりあえず三十五階を目指すのだが」
「「はい!!」」
聞こえている、な。
階層を下る途中で学園の生徒らしき遺体をいくつか見つけた。
残念だが遺品を回収する暇はない。
竜人の死体はない。
おそらく撤退した竜兵団が回収していったのだろう。
このままだと竜人の国への入り口を探すのに難渋するかもしれない。
『死番虫、来たれ』
我は巨大な昆虫を召喚した。
人間の掌ほどの大きさで、背中に髑髏の模様がある。
フェイの拳についていた竜人の肉のわずかなかけらを与えると、我等の前にふらふらと飛び始めた。
「何ですか?これ……」
「死骸の匂いを嗅ぎつける虫だ。竜人の死骸の匂いを追う」
「うえええええ」
「気持ち悪いです……」
優秀な追跡者なのだがな。
竜人が大挙して押し寄せたためだろう。道中で敵に会うことはほとんどなかった。
この肉体は脆弱だ。我が悪魔騎士のままだったらもっと早く降りられていたことは認めよう。
死番虫の召喚時間が途切れては再召喚し、疲れたら休むのを繰り返していると、およそ三日ほどで三十階まで到達することができた。
しかし、三十階から降りる階段が途中で途切れていた。
灼熱する溶岩が三十一階を燃やしている。
熱風とともに太い、聞き取りにくい声が吹きつけてきた。
「我が名はドレイク。最古の竜なり。平らげんとする者はまず火を恐れぬ力を示せ」
大物が現れたようだ。




