竜人の国
「かの者らは三手に別れ、乱入してきておる」
老いた声が言う。
その声は人間にはありえぬ年を経てなお力を失っていない。
「いまだ浅き階層に被害は限られています。人間風情、何ほどのことがありましょうか」
比較的若い声が答える。
そこに含まれるかすかな嘲弄の響き。
心配のしすぎなのだ。老いさらばえれば竜でさえ衰えをまぬがれぬ。
「愚か者」
しかし老いた声は火を帯びている。
それは原初の力。
魔王や神々の時代から生き延びた最古の竜の憤怒は、それがほんのかすかな苛立ちであっても恐るべきものだ。
若い声の主は恐れ入って頭を低く下げた。
「かの者らを迎え撃つべし」
「易きこと。亜竜の何匹かで踏みつぶせばようございます」
「愚か者」
古竜は立ち上がり、今度こそ怒声を放つ。
竜の基準でも決して狭くない王の間に炎の気が満ちる。
「お許しを!」
身分低き竜人は逃げ惑い、若い魔人達は各々護身した。
古竜が怒ったところを見たことがない者も多い。立ち上がるなど数十年振りであろう。
「汝ら自ら赴き、確かめよ」
こんどこそ魔人達も驚愕した。
「竜兵団こそ魔王軍の中核、動かすことならじと、長老ご自身が仰ったではありませぬか」
「闇エルフと鬼族が手を組んだという話も聞きますぞ。やつら如きにどうこうされはしませんが、隙を見せぬ方がよいのでは」
賢しらな意見を述べる者もいる。
「汝らの言葉を求めてはおらぬわ!」
柱の如き腕が伸び、不幸な若い魔人の顔面に打ちあわされた。
「ガッ!」
魔人すら受け得ない一撃。
ぼろくずのようになった若い魔人を見て、ようやく一同は反論を許されないことを悟る。
「魔人一人に百竜長を二名付け、合計五隊出します。通路の広さから見てそれが最大かと」
最も年嵩な魔人が述べ、古竜はようやく口から洩れる火をおさめた。
「命を捧げよ」
「なぜ、かの者らの命にそれほど執着なさいますか」
魔人らは困惑した。
長老は決して凶暴な竜ではない。
まさか、老いて理性を失ったのか。
「かの者らの命かも知れぬ」
長老の皺ばんだ瞼からのぞく目が、見たこともない光を湛えていた。
「しかし、汝らの命が捧げられるのなら」
長老は喉を鳴らした。
「我らの大願、成就せん」
喉鳴りはこもった笑いになり、やがて、竜人の国を揺るがせるほどの哄笑になった。




