心臓を叩く歌
防音室の厚い扉の向こう側で、世界は相変わらず騒がしく動いている。
けれど、この四畳半の空間だけは、外のノイズが一切届かない二人の聖域だった。
床に直接座り込んだ悠真の足の間に、凛がすっぽりと収まる。
背中に触れる彼の胸の温かさ、肩を包み込む大きな腕。
まるで彼という「大きな音」の中に閉じ込められたような、不思議な安心感に凛は目を細めた。
「……いくよ」
悠真が耳元で囁く。
声は聞こえないけれど、首筋をくすぐる吐息と、喉が震える微かな気配で、彼が合図を送ったのが分かった。
悠真の大きな手が、凛の細い指を優しく包み込む。
二人で一本のピックを握り、ゆっくりと、一番太い弦を弾いた。
——トーン。
ギターのボディを通じて、重厚な振動が凛の指先から腕へ、そして背中をぴったり合わせている悠真の胸へと伝わり、二人の間で反響する。
一音、また一音。
悠真は凛の指を導きながら、丁寧に弦を震わせていく。
凛は、自分の背中に伝わってくる悠真の心臓の音に、ギターのリズムが重なっていくのを感じていた。
音階なんて分からなくてもいい。
今、この瞬間、彼と自分を繋いでいる「震え」こそが、凛にとっての正解だった。
ふと、悠真が弦を押さえる手を止め、凛の肩に顔を埋めた。
凛が不思議そうに振り返ると、悠真は少し照れくさそうに笑って、床に置いたノートにペンを走らせる。
『凛の指が動くたびに、僕の心臓がうるさくて、上手く弾けない』
ノートの端には、真っ赤になった顔の落書き。
凛はそれを見て、声を上げて笑った。
自分の声がどんな風に響いているかは分からないけれど、悠真が愛おしそうに目を細めて自分を見つめているから、きっと素敵な音に違いない。
凛は彼のノートを奪うと、その余白に力強く書き込んだ。
『私も。悠真くんの背中が温かくて、ずっと聴いていたいです』
悠真は嬉しそうに頷くと、再び彼女の指を包み込み、今度はもっと優しく、子守歌のようなリズムを刻み始めた。
窓のない防音室。
そこには、誰にも邪魔されない「音のない愛」が、光のように満ち溢れていた。
心臓から響く、優しいメロディー。
2人の「声」は、今日もこの静かな部屋で、優しく重なり合い続けている。
「饒舌な沈黙〜私たちは心臓の歌を聴いていた〜」これにて完結です。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。




