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#072|桜049:月は見ていた

 私はモンスター化した領主を倒した。

 しつこく倒した。


 その後──街で盛大な宴が行われた。

 領主のお金で。

 奢ってくれるって言ったしね?

 たしか、八発目くらいで。


 *


「あっはっはー! 酒よー! お酒を持ってきなさーい!」


 私は上機嫌で街の人々とお酒を飲んでいた。


「お姉ちゃん! 飲み過ぎだよー?」

 エスト様がジュース片手に嬉しそうにはしゃぐ。


「酔った勢いでサクラさんに密着せねば!

 どさくさに紛れて膝枕を……!」

 辰美が鼻息荒く、何やら企んでいる。


「いやぁ……あははははは」

 ジルは街の人々と楽しそうに会話している。


 わー! わー!


 宴会場のあちこちから歓声が上がる。

 私の周りには既に大勢の人が集まっていた。


「この鬼の姉ちゃん! 酒強すぎだろーw」


 赤ら顔の男が驚きの表情で叫ぶ。


「わははははは!」


 周りの人々も一斉に笑い声を上げる。


「でも!“ぺったんこ”だよな!」


 別の男が私の胸を指差しながら言った。


 ズガッ!!!


 地面に激しい衝撃音が響き渡る。

 

 私は無意識のうちに、

 その男をドラゴンスクリューで地中に埋めていた。

 

 笑顔のまま。


 わー! わー!


 宴会場のあちこちからさらに歓声(と悲鳴)が上がる。


 *


 そして──


 広場の端で、街の子供たちが私の真似をして遊び始めていた。


「オラァァ! ドラゴンスクリュー!!」

「ぎゃー! 地面にめり込んだぁぁ!」


 子供が泥に顔からダイブする。


「次は僕が天の声役やるー!《サクラは必殺スキルを発動した!》」


「\\ ドラゴンスクリュー //」


 子供たちが口々に叫ぶ。


「ははは!お前らやめろー!」

 大人たちが笑いながら制止する。


「……ふふ、私のDNAが、受け継がれていく……」


 私は酒をあおりながら、誇らしげに呟いた。


「サクラ様の必殺技!《ステータスオープンッヌ!》」


「「ぺったんこぉ〜♪」」


 子供たちが無邪気に叫ぶ。


「お前らやめろぉ!? 命が惜しくないのか!?」


 大人たちが顔面蒼白で止めに入る。


「…………」


 私は無言で、悲しげに俯いた。


 手元のグラスにはヒビが入っていた。


 *


 ……だが、その輪の中にいない者が一人だけいた。


 辰夫だ。


 少し離れたところで、辰夫が静かに立っていた。


 彼は右手にグラスを持ち、水を少しずつ飲んでいる。

 左手は軽く握り締め、時折震えているようにも見えた。


 彼の瞳に宴会の灯りが映り、複雑な表情を浮かべていた。


 辰夫の持つグラスに月が映り込んでいた。

 その月は驚くほど美しく、

 まるで水面に浮かぶ宝石のようだった。


 時折、辰夫の目から零れ落ちる涙がグラスに落ち、

 月の形を歪ませる。


 しかし、すぐにまたその美しい姿を取り戻すのだった。


 ……何度も。

 そう……何度でも……。


 辰夫はその光景に心を打たれ、

 何か大切なことを決意したかのような表情を浮かべた。


 彼の目に決意の光が宿り、

 肩の力が抜けていくのが見て取れた。


 ──そして。


 辰夫はついに決意を固めたのだった。


 ──それは、魔王軍を辞め、次に進むべき場所……”ハローワーク”に行くことだった。


「書こう……履歴書とやらを」


 (*注:この人は竜王 = 竜の王様です)


 *


 ──後日。


 辰夫は履歴書を前に三時間ほど悩んでいた。


「……職歴欄に『竜王』と書いて良いのか……?

 いや、これは役職か? それとも種族か?」


 辰夫がペンを握りしめて唸る。


「資格欄に『黒炎使用可』『竜族語ネイティブ』『忠誠心MAX』

 ……これではもうモンスターですな……」


《天の声:資格ではなく"ステータス"だし、モンスターだ》


「資格欄に『主君への絶対服従』……うむ、これは良いかもな……」


《天の声:いいえ。労基が来ます》


「……自己PR……

 "千年忠誠を尽くしました。24時間働けます"……これは……」


《天の声:過労死一直線の社畜です》


「くっ……!前職の退職理由……『キャリアアップの為』

 ……いや、嘘は書けませんな」


《天の声:いや、それは模範解答だぞ。書け》


「……しかし本心ではない……

 『上司のしつこいパワハラに耐えられず』

 ……これが真実ですな……」


《天の声:真実でも書くな。採用されない》


「……あとは『卵と石が飛んできて心が折れたから』……」


《天の声:それも書くな》


「……趣味の欄に"洗濯"と書くのは、どうか……」


《天の声:竜王の趣味が洗濯。どういう人生歩んできたんだ》


「……千年の積み重ねですぞ……」


《天の声:……そうか。重い……な》


「名前は……リンドヴルム……いや、辰夫で良いな」


《天の声:サクラに魂まで支配されてるな。退職じゃない。脱出しろ。》


 この日、結局一文字も書けなかった。

 ただ、紙の端に「助けて……ですぞ」とだけ薄く刻まれていた。


 ──いつの日か、辰夫はサクラから「マグロが儲かる」と聞き、

 マグロ漁船に乗る──が、その話はまた別の機会に。


 *


 その日の深夜。

 泥酔した私は、ジルの家の客間(女子部屋)で爆睡していた。


 スゥ……スゥ……


 するとその時……

 頭の中に、無機質な天の声が響き渡った。


【ピロン♪】


【体内のアルコール濃度が致死量……いえ、規定値に達しました】


【条件達成を確認】


【サクラは、種族【鬼人】から、ユニーク種族【酒呑童子(シュテンドウジ)】へと進化します】


「ん……進化?……むにゃむにゃ……

 ……あと一杯だけ……ん……」


 私は目を閉じたまま、

 わずかに眉をひそめながら寝言を呟いた。


 その後、私は完全に意識を失い、

 深い眠りに落ちていった。


 身体が、ほんのりと赤いオーラに包まれていくことを知らずに……。


(つづく)

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