ユリアの瞳⑥
3人暫く黙々と歩くと込み入った路地に入る。リンもユリアもすぐに右も左もわからなくなった。ローランだけが迷いなく歩いて行く。
ユリアが急に迷路のような路地の真ん中で足を止めた。
「リン、リンは私の事をどうしたいの?」
「どうしたい? それはユリアが決める事じゃないの?」
ユリアの止まった足につられてリンも立ち止まり振り返った。
「じゃあ、何故どこかに連れて行こうとするのよ! 私は何処にも行きたくないの!」
唐突に大声を出したユリアに対して、リンは驚きもせず平然としている。
「着替えて病院の前で待っていたじゃない。強引だったことは認めるけど、選んだのはユリアだよ」
ユリアは悔やむようにリンから目を逸らす。
「今だって、ここまで歩いて来たじゃない。ユリア、私ね」
リンは目を逸らすユリアの手をそっと握る。
「私、ユリアの優しさを自己犠牲で消費して欲しくない」
ローランは何も言わずに通路の壁を眺めている。ユリアの瞳は暗緑色のままだ。
「リンは私の事を信じてくれないの? 今は無理だけれど、いずれ外勤に戻れるかもしれないじゃない」
ユリアの瞳の奥は何も見えない。
「信じるって何を? 私はユリアを信じる信じないで動いてないよ。ただ、ユリアが諦めるって思ったから手を引っ張って止めたいって思ったの」
リンは例えそれで自己中だの、相手の事を考えていないだの、思いやりが足りないだの言われても一向に構わないと思った。
ただ。
ただ、ユリアにだけは伝わってほしい。他の人に何と言われてもいい。
「私はユリアに諦めてほしくない。そう思ってるだけよ。私はユリアを信じていないことになる?」
ユリアは脱力し、「リン」と声をついた。
怪我をし包帯を巻かれたリンの両手よりもユリアの手は冷たい。ヘイサースユノーからテオとラージリアに来た時のようにもう一度、地面を蹴ってくれないだろうか。そう思いながらリンは、「ユリア」と優しく声に応えた。
ユリアは何度も何も声には出さず頷いた。リンの言葉の意味を噛み砕いて理解するように何度も。
頷きをやめたユリアがリンを見据える。
「行きましょう」
リンの手を今まさに引いたユリアから出た言葉だった。
「リンは太陽みたいね。私を勝手に照らすんだもの」
しっかりとした足取りで迷いなく一歩踏み出したユリアは、リンを見て眩しそうに笑う。
「私、本当は閉じ籠るの嫌いなの。ヘイサースユノーで祭られるように傷つけ傷つけられてきたことを思い出すから」
ユリアの隣で手を引かれて歩くリンには見える。ユリアの斜め後ろの姿に靡く黒髪の生命力が。
「なのに、誰かを傷つけた時はどうしても狭い所へ閉じ籠って逃げたくなるの。聞き分けの良いふりして、本当は怖くて堪らないただの弱虫なの。……そんな弱虫を置いて行かずに引っ張って行ってくれて」
言葉を止めたユリアが振り返える。
「ありがとう」
その表情に暗い影は見えない。
「私も。ユリア、わかろうとしてくれて、ありがとう。無茶してごめんね」
2人で手を繋いで微笑み合っていると、ローランが、「で、ドニーズのところには行くの?」と問いかけた。
「はい。行きます。弱虫返上するきっかけになるかもしれないから。直ぐには変わらないと思うの。だけれど、リン」
ユリアは繋いでいた手を離し、木が枝を伸ばすように背伸びをした。
「リンが連れて行こうとしてくれたところに行ってみたいわ」
リンにはユリアが少し持ち直したように見えた。
髪色と目の色が似ていてヘイサースユノーの言葉を知っているドニーズは何か知っているはずだ。ユリアを今も縛ろうとする『太陽の女神』について。
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