魔女の館②
粉末状になるとドニーズはリンの手首を何かを確かめるように数回触った。
それから、秤に紙を敷いて出来上がったであろう粉末を分け始める。
「毎食前に飲みなさいね。飲むと身体が熱くなった感じがするかもしれないけれど、大丈夫だから」
分けた粉末を紙で次々と包んでいく。
ドニーズは訪れる人に合わせて無数の瓶に入った生薬を調合しているのだろう。
「動悸がしたり吐き気がしたら、すぐ飲むのをやめてここへ来なさいな。7日分作っといたよ」
ドニーズのエメラルド色の瞳がリンを捉えた。
「最後に一つ。可愛いお嬢ちゃん。呪いを信じるかい?」
リンの栗色の瞳の中をまるで覗き込んでいるかのように質問する。
「いいえ……しんじ」
「信じません」と答えようとした口が止まる。怪我をした日に心の底から唱えたではないか、月の妖精にと。
「……信じます。苦境に陥いた時ほど」
ドニーズは目を細めて「そうかい。じゃあサービスだよ」と薬の入った紙袋を両手で口の辺りまで持ち上げ鮮明な声を落とす。
「ル ディ キューサレ」
呪文を唱えるドニーズの瞳の奥から風が吹くかのような圧を感じる。
リンは呪いに突然親近感を抱いた。
「似てる」
無意識の内に抱いた思いが声に出る。ユリアとテオから教わった呪文と言葉の雰囲気が似ていると潜在意識の中で感じ言葉としてふいに呟いた。
「トゥール ユヌ ユノー」
リンが呪文を囁くように唱えるとドニーズの表情が消えた。
「どこでその呪いを……」
絶句したような表情をしていたが緩々と解けていく。
「私の時でさえ廃れかけていた月の妖精の話が生きてるんだね」
「教えて貰ったんです」
「そうかい。よく効く呪いだよ、その呪いも。今回の呪文は『闇よ消え去れ』って意味さ」
ドニーズが紙袋をそろりと撫でる。
「可愛いお嬢ちゃんがもうこんな怪我をしないようにって月の妖精に祈ったからね」
ドニーズの有難い言葉にローランが割って入った。
「ドニーズ、今は日中だ。月は出てないよ」
ドニーズは得意そうにニヤリと笑う。
「お馬鹿さん。昼間でも月はいるさ。太陽の光で見えにくいだけで。ほら帰りな。7日後にまたおいで」
リンに紙袋を渡しさっさと行けと言うかのように手の甲を振る。
そのドニーズの髪は黒髪に白髪が混ざり合う灰色をしていた。
「ありがとうございます」
リンが頭を下げて礼を言うとドニーズは木漏れ日のような眼差しで頷いた。
◆
「7日後か、また案内するよ。寮の前に10時でいいね」
ドニーズの家を出てすぐにローランが決まり切ったことのように話した。リンが抗議しようと口を開けるがそれよりも早く次の言葉を発する。
「1人じゃ迷って着かないだろ?それとも他の騎士にするか?寮の前で待ち構えられて、またデートだと勘違いされるよ。俺なら、次も上手くやるけど」
「ほら行こう」、言い切るや否や歩き始める。
悔しいがローランの言う通りで、1人で辿り着ける自信もないし、他の騎士と待ち合わせをしてロマンスだと思わられるのも嫌だ。
「ドニーズが言ったように他の症状が出て内服を中止した時は騎士隊に手紙を送って。ここまで連れてくるから」
リンは嫌々ながら首を縦に振り言うべきことを言った。
「はい、ありがとうございます」
「棒読みだね」
ローランはくすくす笑っている。
「あ、それとドニーズの漢方は飛び切り効くけれど、底抜けに不味いから」
ローランは挑むように口角を上げる。
やはり、リンを揶揄うことが楽しいようだ。リンは漢方の不味さに怯えながらも、ほんの少しだけそんなローランを見て笑った。
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