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愛故だとしても


好意を寄せられて鬱陶しく思っていただけであったのに、その夜は衛生師の学校で授業を受けている最中もカイルの威圧的な表情がリンの頭の中から消える事はなかった。


喉に物が詰まったような感覚が常にして、時折ロザリーの泣き顔が蘇って来る。


『好きだって言われたわ。私も好きだったの。結婚を前提に花嫁修行をしていたのよ。なのに、浮気相手だっただなんて。信じられない。もう結婚なんてしたくない。』


一方的に想われている関係でも、「愛人」と言われ浮気前提の関係を仄めかされ辛いのだから、ロザリーはどれほど辛かったのだろう、と唾を意識して飲み込みながら思った。


いくら喉元を摩っても詰まりは取れない。胃の辺りにも違和感を感じる。


ーー早くレポートを出して帰ろうーー


体調不良を誤魔化すように足早に帰路に着いた。





翌朝は食欲もなく相変わらず寝不足で喉の詰りも胃の不快感も継続しており、身体も重く体調は思わしくない。


リンは夫妻が「今日は休んで」と言うのを「部屋に一人でいることが辛い」と押し切って仕事に出た。

昼のピークが過ぎる2時過ぎ、いつもより早く人の波が去り、そして誰も訪れなくなった。


昨日、カイルが「この小さな食堂など、直ぐ潰してやる」と言っていた。リンが反発し怒らせたからだと恐ろしくなり、ヨーゼフとマリナに謝りに行こうとキッチンへ足を向けたその時、来店を知らせるベルが鳴った。


振り向くとサイモンがドアを開けている。

そして、そのドアから背が高く体格の良い金髪青眼の紳士が歩いて食堂に入って来る。


「いらっしゃいませ。」


声は震え、顔に力が入らない。

その紳士はカイルによく似ていた。


「サイモン。このお嬢さんがそうか。」


「はい。そうでございます。」


威厳を纏った紳士は、


「お嬢さん、お店の主人を呼んで来てもらえるかな?」


とリンに頼んだ。


震える声で「はい」と言い、礼も忘れて駆け出した。


キッチンに入り、

「ヨーゼフさん!マリナさん!お客様が。」


と話すが声が震え思考がまとまらずそれ以上言葉が出ない。


「リン、どうしたの?落ち着いて、大丈夫よ。やっぱり二階で休んでいた方がいいわ。」


とマリナが両肩に手を置き顔を覗き込みながら言う。


「そうさせてあげたいけど、昨日直ぐ意見書を出したんだ。他の客が来ないこの状況でマリナだって誰が来たかわかるだろ?二階に上げてもどうせすぐ話を聞きたいとか何とか言われて下ろすことになる。リン、俺たちがついてるから心配することはないよ。」


2人の迷惑にならなければそれでいいと思い「大丈夫です」と顔を上げて答えた。


キッチンを出ると、サイモンと紳士が直立したまま食堂にいる。


サイモンに紳士が目をやると、サイモンが「そうです」と相槌を打つ。

紳士が一歩前に出て、


「お嬢さん、そして、店の主人に奥方。愚息がした非礼を詫びよう。本当に申し訳なかった。」


と言い頭を下げる。その後ろでサイモンも頭を深く下げている。


ヨーゼフは、

「立ち話も何ですから、おかけ下さい。お話を伺ってから謝罪を受け入れます。」


といい着席を促した。


紳士は着席し、その場の全員が着席した後、リンを見て話し始める。


「カイルの父のカイザルだ。サイモンと愚息、両方から話を聞いたよ。とても聡明で勇敢なお嬢さんだと。

そんなお嬢さんに迷惑をかけ怖い思いをさせてしまい申し訳なかった。愚息は…カイルは昨日私に正直な気持ちを洗いざらい話してくれた。

サンセーレ国の文化にひどく共感し貴族の血に驕り、弱っていくお嬢さんを見て弱味に漬け込めば手に入れられると思ったそうだ。

お嬢さんへの態度や店への脅迫を含め、カイルは領主の地位に相応しくないと判断し後継者から外すことにした。」


リンはただ「そうですか」と呆然と答えるしかできない。すると、カイザルは優しく微笑み、


「ここに来たのは他でもないお嬢さんの気持ちを聞きたいと思ったからだ。何でもいい、私に喋ってくれないか。」


と話した。リンは先程まで震えていた声に力が入るよう前を向き、はっきり自身の気持ちを伝えようとする。


「正直に申します。鬱陶しく思っていました。カイル様は私の話を聞いているようでまるで聞いていなかったので。でも、カイル様なりに私に優しくしようって思ってくれていたのはちゃんと伝わっています。」


リンはポケットに入れていた飴玉入りの小瓶を机の上に置き、


「デートに誘われた時もきっぱりお断りしたんです。でも、久しぶりに外で息抜きしている時、お菓子屋さんでこの飴玉を買いました。カイル様の髪の色と瞳の色です。外で見ると、この飴玉のように太陽の光でもっと綺麗に髪や瞳が見えるのかなっと思いました。…そう思うくらいには、気づけば心を開いていました。」


話すとリン自身も今の気持ちにやっと気づいた。


「なので、とてもショックでした。頑張っていることを否定され、私が嫌っている文化とひどく酷似したことを言うカイル様に許せないと思いました。私はスーモアからの学生です。結婚して家に入ることが女性の幸せだと信じられ女性の自立を阻み、女性が蔑ろにされても非難の声を挙げられない文化が嫌でラージリアに来ました。それなのに、貴族の愛人になれるのは名誉だって…許せないです。例えそれが愛故だとしても。」

毎日、22時更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ランキングの短編から飛んできて、現在更新されている部分まで読みました。 主人公の等身大の頑張りが見ていて気持ちいいです。 これからの更新も楽しみにしています。
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