赤いチューリップ
今日も身支度をして勤務に出る。
すると、ヨーゼフが、
「おはよう、リン!実は午後2時から午後4時まで、パンケーキのメニューを始めることになったんだ。」
と苦笑いしながら言うと、マリナは目を吊り上げて話す。
「あの坊ちゃんがアイスコーヒーだけて1時間も粘るから、客単価上げるために考えたの!もう、嫌がらせよね。サッと飲んで、スッと帰ってくれなきゃ、見張られてるようでやりにくいわ!」
「まあまあ。何か理由があるのかもしれないし、あれから揉めてもないんだから。貴族ではゆっくりお茶をするのが常識なのかも知れないよ。リン、パンケーキのソースはチョコレートと蜂蜜の2種類だからね。店の前にも新たにメニュー出してるから。」
ヨーゼフがマリナを宥めながら話している。
「わかりました。今日も宜しくお願いします!」
リンが元気よく挨拶すると怒っているようだったマリナも笑顔で「今日もよろしくね」と言ってくれた。
お昼のピークが過ぎる。マリナがヨーゼフに言われて洗い場に引っ込んで行く。
そして、連日のようにおやつ時にカイルは不機嫌そうな面持ちでやって来た。
「いらっしゃいませ!」
今日も笑顔で接客する。
「ああ。相変わらずこの店もお前も飾り気がないな。」
ひどい言い草だ。リンはつい真顔で、
「そうでしょうか。」
と言ってしまう。
「これでも、店に飾ったり髪につけていればまだ見れるようになる。ほらっ。」
カイルが後ろから綺麗にラッピングされた真っ赤なチューリップの花をリンに押しつけてくる。
「困ります。食堂では虫の原因になるものや、香りがするもの、異物混入の原因になるものはお断りしているんです。だから、店には置けないと思います。ヨーゼフさんが以前、お花を頂いた時にそう仰ってました。」
リンは以前ヨーゼフが言っていた事を思い出してすぐにお断りした。
お客様から花束のプレゼントがあった時、結局受け取りはしたが上記の理由から店内に置かず、店の外に花瓶を置いて飾ったのだ。カイルは店内を見て「飾り気がない」と言っているので店内には飾ることができない。
「俺からは受け取れないってことか!前見た時、花束を受け取っていたじゃないか!」
「見てたんですか?でも、あの花束は」
「口ごたえは聞きたくない。意味もないのに花束なんか貰うものか!そこの角から見えていたんだ!ニコニコと笑顔で貰っていた!」
カイルがなぜ怒り出したのかわからないし、言葉を遮られてさらに戸惑う。
「受け取っていた花束に赤い薔薇のつぼみが入ってたな!あれを」
「ちょっと待って下さい!隠れてそんな細かい所まで見ていたんですか?!貴方は一体何がしたいの?!」
急に怖くなって我慢できずに口を挟み、カイルが次の言葉を発する前に、叫んだ。
「ヨーゼフさん!マリナさん!」
バタバタと足を音がし、カイルはハッとした表情をした後、リンの後ろを睨みつけた。
「何があったんだ!大丈夫か?リン?」
ヨーゼフとマリナが駆け寄り心配してくれる。大きく深呼吸して、一歩下がってカイルから距離を保ち、
「このお客様がお店と私に飾り気がないと。だから、チューリップの花を飾るように言われたので、「店内には飾れない」と以前説明されていたようにお断りしたんです。そしたら、急にお怒りになりました。それに、この前お店に頂いた花束を隠れて見ていらっしゃって、中に何の花が入っていたかまで細かく覚えていたんです!だから、急に怖くなってしまって。」
マリナとヨーゼフに必死に訴える。
「貴方、一体なんの嫌がらせなの?リンをこんなに怖がらせて!お花はリンが言ったように内では飾れないし、断られたからと言って怒る必要があるの?!」
リンの前に出て庇いながらマリナが発言すると、ヨーゼフはそのマリナよりも前に出てカイルを睨み、
「ご好意は嬉しいが受け取れない。うちの大切な従業員に怒鳴りかかるやつは客じゃない。お引き取り願いたい。」
リンが今まで聞いたことがないような低い声でヨーゼフは言った。
カイルは出で行く気配もなく一色触発の時に、来店のベルがなった。
「カイル様。」
カイルを必ず迎えに来る初老の男性だ。
「店主様、奥様、リン様、大変ご不快な思いをさせ心より謝罪致します。ですが、もう一度、カイル様の話を聞いてほしいのです。」
どうやら、店の外で一連のやり取りを聞いていたようだった。
「カイル様。あのような言い方では全く通じません。あのような態度もいけないと何度もご忠告しておりました。素直にお伝え下さい。そのために、赤いチューリップを花束にしたのでしょう。」
その言葉を聞いたカイルは前髪に手をやりグジャグジャにし、
「飾り気がないと言ったのは訂正する。飾らなくても」
顔がどんどん赤くなり、耳まで真っ赤になっていく。
そして、このままでは頭まで真っ赤になるのでは?と思われた数秒後に、
「店もお前も綺麗だと思う。」
と言った。耳を疑う発言だった。
ヨーゼフが呆気にとられている。マリナも驚いているような顔をしていたが、
「ちょっと待って!今までの無愛想な態度に、コーヒーだけで1時間居座る行為に、さっきの怒りはなんだったの?意味がわからないわ。」
と言い出し、リンも同調するように何度も頷いた。
カイルはそんなリンに目をやる。
赤い顔のまま、吹っ切れたように息を吐き、もう一度大きく息を吸い込んで、
「お前に笑顔で接客されると顔がだらしなくなりそうで引き締めていたのが、無愛想に見えていたのなら謝る。声をかけても返事の反応が悪かったから意地を張ってしまい、あのような言い方になった。何度も、もっと声をかけようと居座ってしまった。
今日は、お前に意識して貰いたくて、花束を贈ろうと思ったんだ。照れ臭くて、また余計なことを言った。それに」
言葉を一度切るとリンの目をジッと見つめて、
「他の奴から花束を笑顔で貰っているところを見て、嫉妬した。花言葉を知っているか?
赤いチューリップは『愛の告白』なんだ。他の客の花束に入っていた赤い薔薇の蕾は『愛らしさ』で咲けば『貴方に一目惚れ』に変わる。俺の花束は、受け取ってもらえなかったから、振られたと思ったんだ。いや…、振られてもあんな態度はよくなかったと思う。本当に申し訳ない。……いつも、笑顔で可愛らしいと思っていた。お前、じゃなくて、…リンが好きなんだ。」
頭を下げ、チューリップの花束を差し出した。
リンは信じられないものを見たような気持ちになった。
ーーあの傲慢で貴族だという客のカイルが頭を下げているなんて。
「お話を聞いてくださってありがとうございます。加えてのお願いになるのですが、リン様、返事を頂けないでしょうか?」
ハッとして、
「あの……ごめんなさい。お気持ちも花束も受け取れない。行き違いがあったにせよ、私はとても怖かったです。だから、恐怖を感じた人に好意を伝えられても、怖かった気持ちはすぐには消えてなくなりません。今までの態度も今の言葉と違いすぎて、信じることができないし、何よりそういう目で見たことがありません。だから、ごめんなさい。」
カイルは頭を上げて花束を手に下げ、
「わかっている。店にもリンにも迷惑をかけた。最初から素直になれず申し訳ない。これからは、どちらにも迷惑をかけないと誓う。だから、またコーヒーを飲みに来てもいいだろうか。」
ヨーゼフとマリナが顔を見合わせ、マリナは眉をひそめたがやがて頷き、
「店とリンに危害を加えないなら構わない。リン、大丈夫か?」
とヨーゼフが言った。
「はい、大丈夫です。」
そう言ったものの少し気が動転していて、生返事になってしまったが、
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
とカイルと初老の男性は気にすることなく、礼を言い帰って行った。
その後、勤務中に身が入らないことがあったが、ヨーゼフとマリナが「あんなことがあったんだから、しょうがないよ」とフォローしてくれた。
元はと言えば、カイルにコーヒーのみで粘られるのを嫌って作ったパンケーキのメニューだが、今日だけでも他の客の反応がよく「休憩の時にまた来るよ!」と来客増に繋がりそうだ。
カイルはパンケーキを食べてもいないし、またトラブルも起こしたのだが、利益は思わぬ形で現れたようである。
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