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23-4 『轟槌侯』エビナー侯爵

 夜。エビナー侯爵邸の応接室で。


 重厚な扉を開けて入ってきたのは、部屋を圧する力強さを放つ、四角い髭を蓄えた筋骨隆々の壮年だった。

 着ている服も間違いなく豪華で繊細なものだったけれど、その風格からどっしりとした力強さを醸し出しており、華美などと言った言葉とは無縁に思えた。


 聖王国だけでなく、周囲にまでその名が轟く『轟槌侯』、エビナー侯爵。

 その人は部屋に入ると、並んだ私達の方に足を進め、まずフェイ様に話しかけた。

「儂は聖王国で侯爵を預かる、ヘマタイト=エビナーという。

 レクトの英雄、ランベル伯爵をお招きできて、誠に嬉しい。

 色々思うところもあるようだが、まずは自分のしたことに自信を持たれると良い。

 そのうえで、誤ちをみつけそれを改めたいと仰るならば、儂の微力でよろしければお力添えしよう」

「はい。至らぬ者ではありますが、お言葉に感謝します」


 そして。

 侯爵様は、次に私の前に立ち。

「このような小さな娘が、このような大きな力を背負わねばならぬとは……

 運命の女神よ、どうかこの娘を護り給え」

 と、仰った。

 私は緊張で身動きがとれない。

「レンガ嬢。

 なにか悩みがあれば、悪いようにはしない、儂に話してみて欲しい」

 じっと目を見ながらそう仰る侯爵様。

 なにを、ご存知なのだろうか?

 探ろうとしてもその目からはなにも読み取れなかったけれど、ただ誠実な優しさが伝わってきた。


「こりゃ、そう脅すでない。

 娘どもが、困惑しておるわ」

 脇に立つ少女が、そう侯爵様に声をかけて、驚いた。

 侯爵の隣を歩いているから只者ではないと思っていたけれど、あまりにも気安い。

「儂はこの男に雇われて侯爵家の魔術師長をしておる、ジャロじゃ。

 こう見えてもお主らの5倍は生きておるから、ゆめゆめ疎かにせぬようにな?」

 などと仰りながら、ククク、と笑う。

 感じる魔力はそれほどもないのだけれど、滲み出る知性は確かに油断できそうもない気配だ。

 むこうでエメラルド様が小さく頷いたのを見れば、間違いなく本当なのだろう。


「困惑させているのは、むしろ貴女ではないかな、ジャロ師?

 さて、それでは夕食を共にしながら、貴女達のお話を伺おうではないか」

 そして私達は食堂に移り、まずはフェイ様が事情を話す。


「なるほど、そういった事情で命を狙われた、と。

 あの晩は他に何件か騒ぎがあってな。

 騎士団だけでなく、神殿騎士まで大わらわと聞いていたが、そちらがどうやら陽動だったか。

 どうにも、そこまでしておいてフェイ殿を襲った割には、引くのがずいぶん早い。

 陽動工作は魔導騎士ではなくてもできるだろうし、発見されても誤魔化しや使い捨てが易い。

 おそらく、動いた魔導騎士はフェイ殿を襲った少数のみだろう。

 それにしても、それだけが命を狙われた理由というわけでもないだろうが、今の段階では憶測を超えぬか」


 そこで侯爵様はひと息つくと、続けて。こう問われた。

「それで、フェイ殿はシリル閣下とお会いして、どのような話をしたいのかな?」

 侯爵様のその言葉に、ハッとする。

 私がフェイ様の顔を見ると、フェイ様も虚を突かれたような表情をしていた。

「懺悔をするのなら、神殿にでも行くべき話。

 わざわざ姿を隠したシリル閣下を探し出して話すのだ、それなりの内容でなければ笑われよう。

 フェイ殿は、もうなにも知らない子供ではない、のだろう?」

 そういわれて、フェイ様はどこか悔しそうな表情で考え込んだ。

「ゆっくり、考えをまとめられるといい。

 シリル閣下に顔を上げて問えるようになるまで、フェイ殿は我が家に逗留されよ。

 閣下のことは、私も調べておこう。

 しばらくは、それで良いかな?」

 フェイ様が静かに頷いた。


「さて。

 ところで、レンガ嬢。

 君には、なにか悩み事などはないかな?

 せっかくの縁だ、私が力になれることなら、相談に乗ろう。

 ここにはジャロ師もいる、魔術的なことでも十分に力になれると思う。

 どうだ、なにかないだろうか?」

 侯爵様は私に優しく問いかけてくださった。

 でも、侯爵様はどうやら『ヤキトリ』について何らかの情報をお持ちなのだと感じた。

 ただ、詰問にならないようご配慮くださっているのだろう。

 私は、その配慮に感謝して、『ヤキトリ』のことを簡単にお話することにした。


「ふむ、なるほど。

 レンガ嬢、よく話してくれた。

 この件について、エビナー家が助力することを約束しよう」

「レンガ嬢がその『ヤキトリ』を支配下に置いているようじゃし、取り憑かれたり呪われたわけではなさそうじゃな。

 それこそレクトの魔導騎士にも似ているように思うが、あの技術は儂にもよくわからんところが多い。

 儂も気にしておくが、さしあたりレンガ嬢があの巫女様に魔力制御を勧められたのなら、今はその修業に励むのが最上じゃろうな」

 侯爵様に続いてそんなふうに仰ったジャロ様は、しかしそのあと、真剣な表情で私を見つめながら、こう続けられた。

「いいか、レンガ嬢。

 運命に振り回されることはない。

 人はその生き様で運命の絵巻を織り成しつつも、その織り手を動かすことができる。

 なにを以って、なにを動かし、なにを成すか。

 1度考えてみるのも、良いと思うぞ」

 ジャロ様の言葉に、私も考えさせられた。

「はい、よく考えてみたいと思います。

 ジャロ様、教えをいただき、ありがとうございました」

 私が頭を下げると、ジャロ様は軽く手を振りながら笑ってさらにこう仰った。

「なぁに、所詮は受け売りじゃよ。

 これでも儂は敬虔な運命神の信徒じゃし、神殿や巫女様にも敬意を抱いておる。

 今の言葉は、ちょっと道を見失っておった儂に、運命の巫女様がかけてくださった言葉じゃ」


 夕食の歓談が終わった後、今日もメリーダ様とフェイ様と私は、一緒にお風呂に入ることにした。

「いや、レンガ嬢があんな秘密を抱えていたとは。

 まったく、自分のことしか考えていなかったのだと、恥ずかしくなったよ」

 そうフェイ様が仰れば。

「本当に。そんなお話、なかなか聞くことはないわ。

 どうぞ、悩んだ時は遠慮なく相談してくださいね」

 メリーダ様も私の背などを撫でながら、そんなふうに励ましてくださった。

「はい!

 でも、『ヤキトリ』とはずいぶん仲良くなれました。

 悩み事も、逆に『ヤキトリ』と力を合わせて、解決できるようにしてみせますよ!」

 私がそういって笑ったら、お2人も笑顔で答えてくださった。


「ところで。レンガ様のお身体には、不死鳥の姿が欠片もないのね?」

 フェイ様が湯船から出て。私も続こうとしたときに、メリーダ様が私の隣まで来て、耳元でそう囁いたので。

 私は飛び上がるほど驚いて、メリーダ様の顔を見返した。

「背中にもどこにも、羽毛が生えている感触もありませんでしたし」

 さっき私を撫でていたのは、そのためだったのですか。

「無論、他言はしません。

 でも、『ヤキトリ』のことを、アメジスト様あたりにはもうお話されましたね?」

 じっと見つめるメリーダ様の眼力に圧倒されて、私がただ頷くと。

「のぼせてもいけませんし、先に行ったフェイ様を心配させてもいけません。

 このお話はいったんここまでにしましょうか。

 でも、今度ゆっくりお聞かせくださいね?」

 私は、ただただ頷くしかできなかった。


 お風呂を出たら、ベッドにはいる。

「パパ、ママ、頼りになる人達が増えました。うれしいです。

 エビナーの皆様方には、ちょっと圧倒されるところもありますけれど。

 でも、私、がんばりますね!」

 そして。今日もフカフカなベッドで、私はすぐに眠りにおちてしまった。


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