21-3 お薬屋さんの主2
シリル様のお薬屋さんで、お薬を譲ってもらう。
「そちらのお荷物も、まとめましょうか?」
薬を持ってきた少女は、一緒に大きめのバッグも用意していて、私が持っていたパンを見ながらそう聞いた。
「はい、おねがいします。
ああ、でも。
もしよろしければ、いくつか召し上がりませんか?」
せっかくだし、シリル様にも『猫のパン』の味を知ってもらいたい。
「そうね、いただくわ」
シリル様は興味深げな表情をされたあと、私が差し出したパンの包みからいくつかを選んで、少女とわけあって召し上がる。
シリル様は、どうやらワッフルがお好きなようだ。
「レンガは、パン屋の手伝いをしているのよね」
「はい。『猫のパン』といいます。
とても、おいしいですよ!」
「この味なら、納得ね。
今度、私も買いに行こうかしら?」
そんな事を言ってもらえれば、私も有頂天だ。
「それとも、この子を手伝いにいかせて、学ばせようかしら?」
シリル様は、隣でワッフルを頬張る少女を見遣りながら、そんなことを仰る。
そういえば、この少女は誰なんでしょう?
可愛い女の子なんですけれど、妙に落ち着かないというか、違和感がするんですよね。
ちらちらと見ていると。
「この子が、気になる?」
シリル様に聞かれたので。
なんと表現していいかわからずに、とりあえず話題を戻す。
「まあ、気になりますけれど、それはともかく。
パン焼きとか、そんなすぐに憶えられるものじゃないですよ。
それに、いきなり教えてもらえるものでもないです」
「なるほどね。
この子はホムンクルス。
だから、憶えるだけならできるとおもうけれど。
でも、教えていただくのは、お互いの理解が必要よね」
シリル様はそう仰りながら、手に持ったワッフルを小さくちぎると、口に入れるのだった。
人造人間!
衝撃の発言に、シリル様と少女の方を何度も見直していると。
「ごちそうさま。
対価と言ってはなんだけれど」
シリル様は少女に指示して1本の小瓶を持ってこさせると、私のお茶を淹れ直させて、その中に数滴落とした。
不思議な良い香りが、あたりに漂う。
「さっきのお茶は、全く口もつけていなかったでしょう?
さあどうぞ」
私は言われるままにカップを手に取る。
伸ばした手のひらにくっきりと爪の跡がついているのを見て、私はずっととても緊張していたことに気付いた。
カップを傾け、中の液体を口に入れると。
かぐわしい香りが鼻を抜け、豊かな味が口の中に広がる。
身体が芯の方から温かくなり、頭の中が澄んでくるような気がした。
「ユーリに言わせれば、邪道なのでしょうけれどね」
そう言いながら、シリル様がクスクスと笑う。
「でも、どうしてレンガはここに入ってきたのかしら?」
シリル様が口にした疑問は、たしかに当然かも知れない。
私はシリル様がどこにお住まいかも聞いたことがなかったのだから。
「お屋敷の前で、お店のお客様と出会って。
そういえば、シリル様はガゼルさんとお知り合いなのですか?」
「レンガは、ガゼルを知っているの?」
「はい。
パンの配達先の1つです」
「そう。
人には、意外なところで繋がりがあるものね。
そうね、付き合いはそろそろ10年ちょっとになるかしら。
昔、悩んでいたガゼルの体をちょっと整えてあげたの。
そうしたら、今でも私のお願いをずいぶん聞いてくれるわ。
さすがに、もう充分だと言っているのだけれど」
なるほど。
さっきシリル様がいっていた、薬の対価というやつですか。
「どんな薬なんですか?」
「薬だけでもないのだけれど。
今渡しているのは、前にした処置の効果を維持するためのものになるわ。
前にしたのは……ガゼルに聞かないと、答えるのはどうかしら」
ああ、これは私の失言だった。
でも、シリル様は丁寧に答えてくださる。
シリル様って、本当に親切ですよね。
ちょっと素っ気ないところがあるから、誤解されがちかも知れませんけれど。
「じゃあ。
ガゼルさんって、親しい女性とかいるんですか?」
「さあ?
でも、親しい女性というなら、まず私じゃないかしらね」
シリル様は可笑しそうに微笑った。
「そういう親しいではなくて。
お付き合いされている女性とかは、いらっしゃるんでしょうか?」
「聞いたことは、ないわね。
レンガ、ガゼルのことが気になるの?」
「実は……」
私は昨日の朝にガゼルさんの家で女性を見かけたこと、ガゼルさんにその女性について聞いたこと、そしてその女性が昨晩何者かに襲われていたところを助けて保護していることを話した。
「へぇ。
そんな因縁がガゼルとの間にある女性なら、とりあえず1人なら思い当たらないこともないけれど。
聖都にいるはずもないし、襲われて大人しく倒れるような人ではないわね。
でも気になるようなら、『フェイ』について知っているか聞いてみなさい」
シリル様が仰るので。
あれ?どこかで聞いた気もするけれど。
とりあえず、わかりましたと答えたのだった。
「薬が必要になったら、またいらっしゃい」
会話は楽しく、まだまだお話していたかったけれど、あまり遅くなるわけにもいかない。
私はシリル様に見送られて、屋敷を出る。
外に出ると、頭の上には青い空が広がっていて、気持ちいい。
どうやら、私の体調はすっかりと良くなっていたようだ。
これは、早くあの女性に薬を届けてあげなくちゃいけませんね。
私は足を早めて、家へと帰ったのだった。
興味を持っていただけたり、応援をいただけるようでしたら、ぜひブックマーク・評価・感想などをいただけますと幸いです。




