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20-1 ガゼルさんと女性

 今日の朝も、いつもどおり。


 目が覚めて、服を着、水を飲み、髪を整え、朝食を食べる。

「いってきます!」

 元気に家を出て、『猫のパン』についたら、マリオさんたちと挨拶を交わし、帽子とエプロンを付けて配達に出る。

 おなじみのお客さんにパンを届けて。


 そして。

 私は2回めとなる、ガゼルさんのおうちへの配達。

 お休みだった昨日と一昨日の配達では、特に問題はなかったと聞いていた。

 一昨日訪ねたのはマリオさんだったそうだけど、とても丁寧で紳士的な対応だったと。


 だから。

 私が家の前に立ち、ドアをノックしようとしたとき、中から怒声が聞こえてきて、驚いたのだった。


「今更、私のところに来るな!

 君が責任をとって、頑張るんだな」


 なんだろう?

 耳を澄ましてみる。よく、わからないけれど、何やら言い争っているようだ。

 ちょっとどうかと思ったけれど、気になって扉に耳をつけてみる。ところどころ、聞き取ることが出来た。


「……おおきくなったら……幸せに………」

「君が……勝手に決めた……」

「……今の姿を……あなた……」

「……なんてない……もう過去……」

「……見捨てる気なの!?」

「……捨てた……今更……」

「……あの人のほうが……!?」

「私の……あの人……なにが悪い!」

「……こんなこと……」

「……帰ってくれ」


 ……ちょっと、気になる言葉が色々ありますけれど。

 こちらに歩いてくる足音が聞こえて、あわてて扉の前から離れる。


 ガチャリ……


 扉が開くと、悄然とした女性が中から出てきた。

 25歳位だろうか?丁寧に編み込まれた長い金髪が美しいけれど、その顔は随分と疲れているように見えた。

 よく冒険者が着ているような服装は男物で、少しちぐはぐな印象を受ける。

 眼には涙が浮かんでいるみたいだ。

 女性は私の方をちらりと見ると、どこかおぼつかない足で去っていった。


 どうしたんでしょう?

 でも、配達中です。

 お客様の個人的な事情に口をだすことなんて出来ませんし、興味本位で立ち入って良いわけもありません。

 そっと中を覗くと、ガゼルさんは少し考え込む様子で、机の前に立っていた。


「おはようございます!」


 こんなときだからこそ。

 私は、元気に挨拶する。

「!?

 ……ああ、おはよう。今日は、君なんだね」

 ガゼルさんは顔に優しそうな笑みを浮かべると、私を迎え入れてくれた。

 パンの入ったバスケットを机の上に置き、空いているバスケットを回収する。

 その間、ガゼルさんはなんだか考え事をしている感じで、上の空な雰囲気だ。


 ん?

 あそこに置いてあるのは、大きめのナイフですか。

 この前は、なかったですよね。

 一見珍しくもなさそうですが、ずいぶん装飾が細かいです。

 しかも、魔石付きのようですし、感じる魔力がそれだけでなければ、もしかすると魔力剣。

 もしあれがガゼルさんのものではなく、さっきの女性のものだとしたら、かなり裕福なお家の人か、もしかしたら貴族様ということもあるかも……


 恋人さんだったんでしょうかね?

 恋愛は色々難しいと言いますし、もしかしたら大変な渦中なのかもしれません。

 私はただのパン屋の配達ですけれど、ご縁があって知り合ったのですし、気持ちだけでも応援しますよ!


 とはいえ。

 ガゼルさんにさっきの女性のことか、剣のことだけでも確認しようかとも思ったけれど、何をどう話せばいいのかわからなかったので。

 差し出がましいことは控えて、おとなしく配達を続けることにした。


「また、明日参りますね」

「……」

「ガゼルさん?」

「!?

 あ、ああ。

 なんだったかな?」

「パンは、机の上に置きましたから。

 また、明日もよろしくお願いします!」

 ガゼルさんは、心ここにあらずと言ったかんじで、すぐには呼びかけにも答えてくれなかったので。

 私はせめて少しでも元気になってほしいと、精一杯の笑顔を送る。

 ガゼルさんは、やっと再び微笑んでくれた。


 配達を終えて『猫のパン』に戻る。

 ガゼルさんのことをマリオさんに報告しようか迷ったけれど、いちおう話すことにした。

「……そうかぁ。

 オレは悪い人じゃない、むしろいい人かなという印象だったんだ。

 まあ、大人には色々事情もあるさ。

 ただ、配達の迷惑になるようなら、対応を考える。

 レンガちゃん、悪いけどもうしばらく、よろしく頼むよ」


 マリオさんの頼みだ。

 私も、もちろん引き受けた。


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