18-4 レヴィーナ菓子工房
新市街を歩く。
サファイア様への差し入れを探しながら。
本来なら、公爵令嬢に贈れるものなんて、何が良いのか見当もつかない。
でも、サファイア様はアカデミーで研究をされていると仰っていた。
それなら、気軽なものを添えて訪ねることも、できるかもしれない。
なにか良いものはないか、周りを見回しながら歩く。
でも。所々でみかける露天とかで売っているものを、適当に買って持っていくわけにもいかないですし。
「やっぱり、安心と信頼のお店という意味では、旧市街ですかねぇ」
思わずそんなことを呟くと。
「あぁん?
どこのお嬢様か知らないが、偉そうに。
そんなに旧市街が良いなら、出てくるなよな」
「こっちの良さがわからないなんて、なに勉強してるんだよ?
お嬢さん、どこの学校でちゅか?」
若いお兄さん数人に囲まれて、怒られる。
うん、たしかに、いまのは私の発言がまずかったですね。
「すいませんでした。
新市街にも素敵なお店があるのは知っていますし、むしろ新しいものを多く生み出しているのはこちら側かもしれません。
私の発言が気に障ったのでしたら、謝ります」
「なんだこいつ、あっさり頭下げやがんの」
「いくら口で言われてもな。
誠意みせろ? 誠意」
結局、私の対応は良くなかったみたいだ。
若い男たちは、下品な笑い声を上げたかと思ったら、あちらこちらから私を小突いてくる。
「やめてください!」
私は制止するが、男たちの手は止まらず、髪を引っ張ったりスカートの裾を持ち上げたりもし始めた。
「なに、大きなカバン抱えてんだよ。
こっちに寄越しな!」
そのとき、体格のいい1人が、私の右手に持った鞄を奪おうとした。
でも。
ドサッ!
「重っめ!
うそだろ!?
なにはいってんだよ、これ?」
手にとってすぐ取り落し、金属の塊が落ちる重くて大きな音がする。
一瞬動きが止まる男たち。
「いいかげんにしなよ、あんたたち!」
突然、横から強い女性の声がかけられた。
みると、赤銅色のショートカットに調理服を着た女性が立っていた。
「な、なんだよ、レヴィーナ。そんな旧市街娘の肩を持つのかよ」
男たちはさっきまでの威勢を削がれた様子だったが、女性を見ながらまだそんな事を言う。
「たしかに、新市街を馬鹿にしたのは許せないけど。
でも、あんたたちのやり方は、見過ごせないよ!
ますます、新市街の印象が悪くなる」
レヴィーナと呼ばれた女性は、厳しい顔つきで男たちを睨みつける。
「わかったよ、じゃあ、好きにしな!」
男たちは顔を見合わせてそう言うと、向こうへと歩き出した。
最後に、地面に落ちたままの私の鞄をチラ見しなければ、もうちょっと格好がついたと思います。
男たちが去ると、レヴィーナさんは私の方にキッと向き直り、
「さっきの奴らは、実力のないのが群れていただけ。
でも私は、実力でわからせてやるさ。
ついてきな?」
顎で裏路地の方へ促すと、奥へと歩き出した。
裏路地に入って、暫く進むと、右手に小さな看板。
『レヴィーナ菓子工房』とかいてある。
「入って」
私は腕を引かれて中に連れ込まれた。中は、思いのほか綺麗に整えられている。
「食べてみて」
私の前に、覆いをして並べられていた、拳大の何やら黒い塊が差し出された。
……なんですか、これ?
表面はドロッとして、ところどころにブツブツがある。あまり食欲をそそるものではないですね。
匂いをかぐが、特になにもない。なにもないのが、逆に不安です。
「いいから、食べてみて」
レヴィーナさんは、手を引く様子もない。
ずっと手を伸ばした姿勢って、けっこう疲れるでしょうに。……ええい、女は度胸!
思いきって、手に取ると、口に入れる。
あまい!うまい!
表面のブツブツは、豆ですか。
この甘さは、砂糖で煮込んだんですかね。
中は、米、ですね。なかなか珍しい食材ですが。
でも、表面のこの黒くて甘いのが中の米と混じりながら、口の中でサラサラ溶けていくのは、美味しいです!
最初は甘すぎると思ったのも、口の中からなくなる頃には物足りなくなるような、次が欲しくなる絶妙さですね!
これ、結構病みつきになりますよ。
私はもぐもぐと1つを平らげ、まだ並んでいるそれを眺める。
気がつくと、レヴィーナさんは「どうだ!」と言わんばかりに、私の方を見ていた。
「どう?
うちの『おはぎ』は」
おはぎというんですか、これ。
「おいしいです!」
私が間髪入れずにそうこたえると、レヴィーナさんは笑みを浮かべて、
「そうでしょう?
ほら、こっちもたべてみて!」
また違う覆いの下から、違う食べ物を取り出す。
なんですか?
四角くて白っぽいけれど、透けている中身は黒いですね。
あ。外側はちょっと歯ごたえがあって、中に入っているのはさっきの黒くて甘い素材と同じようです。
でも、甘さが違いますね。全体の味がまとまるように、微妙に調整されているのが見事です。
こっちのほうは、甘みよりも素材の味を強く感じるような気がします。
もぐ、もぐ、もぐ。
気付くと、レヴィーナさんがコップを手に待機していた。
受け取って飲むと、渋みが口の中に残った甘みを流してくれて、これがまたいいですね。
確か以前ユーリ様にもいただいた、『緑茶』といいましたか。
レヴィーナさんが差し出すものを、黙って受け取り口に入れる。
見た感じは、真っ白な四角い小箱ですけれど……
うわ、口の中で、ふわっと溶けていきますよ!?
少しムースに似てますけれど、違う。まるで雪みたいです!
次に渡されたのは、
なんですか?これ。
お花の形をした、工芸品。食べ物には見えません。
レヴィーナさんの顔を見ると、食べてみろと目で促されたので。
口に入れると。
あまい。たしかに、お菓子です。
特別ここが美味しいというわけじゃないですけれど、この見た目で美味しいのはすごいです。
「どう?」
「はい、恐れ入りました」
私が素直に頭を下げると、レヴィーナさんはどうだとばかりに胸を張った。
「でも、あまり食べたことのないお菓子ばかりでしたけれど、レヴィーナさんが考えたものなのですか?」
「あれ?
私、あなたに名前教えたっけ?」
「あ、えと、さっきの男の人達が呼んでましたし、入口の前にも『レヴィーナ菓子工房』って。
そうだ、失礼しました。私は、レンガといいます」
「なるほどね。
ええ。私はレヴィーナよ、レンガさん。
それで、この店のお菓子はクロスロード海洋国の伝統菓子。
私の父が得意としていたお菓子よ」
「そうだったんですか。
とても、おいしかったです!」
「でしょう?
新市街にも良いものはたくさんあるわ。だから、旧市街の人間だからって、バカにしないで!」
私は、そんなつもりはなかったのだけれども。
「ごめんなさい。これから気をつけます」
そうこたえると、レヴィーナさんは怒らせていた肩をおろし、わかればいいのよなんて素振りをした。
でも、たしかに。
若くて資金が充分ない人でも、才能を信じてこうやってお店を出す機会があるのが、新市街のすごいところだと思います。
それに。
味は悪くない、店内も清潔、何より物珍しい。
よし、決めました!
「あの、レヴィーナさん。お願いがあるんですけれど……」
私は、サファイア様への手土産を、このお店で買うことにしたのだった。
そんなこんな、今日の予定を全部すませて家に帰れば、もう夜も遅かった。
食事をして、お風呂に入って、自室へ。
「パパ、ママ、クロスロード海洋国のお菓子、美味しいですよ。
少し、食べてみてくださいね」
肖像画の前に少し余分に買ってきたお菓子を置くと、私はベッドに入るのだった。
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