16-2 聖王国が次に迎えるお客様
学院の教室に駆け込む。セーフ!
「おはよう、レンガ様」
間髪をいれずにかけられる、アジィ様の声。
「おはようございます、アジィさ……ま?」
アジィ様の方を向くと、差し伸べられる手、手に持ったタオル。
「最近お忙しいのかしら?
でも、汗が冷えて体調を崩されては、いけないわ」
なるほど。さすがアジィ様、気遣いがすごい。
昨日倒れたせいも、あるのかもしれませんが。反省です。
「ありがとうございます、お借りします」
手にとって体を拭く。
「また、洗ってお返ししますね」
「べつに、うちで洗わせるから、いいのよ?」
アジィ様はそう言ってくれるけど、この上それは申し訳無さ過ぎる。
結局、私が一度預からせてもらうことになった。
席に向かおうとすると、エメラルド様のお姿が見えた。
お顔を見た感じでは、体調も問題ない様子だ。
どうやら、元気になられたみたいで、心がホッとした。
「おはようございます、エメラルド様。
お体は、大丈夫ですか?」
「おはよう、レンガ様。
ええ。問題ないわ。
それより、随分アメジスト様と仲良くなられた様子ね?」
「はい。私が色々ご迷惑をかけてばかりです」
「ふぅん?
でも、この分なら将来『レンガ=グリシーヌ』様に、お会いできるかしら?」
?
なんのことだろう?
私の名前は『レンガ=アイセ』だし、グリシーヌは……たしかアメジスト様の姓だ。昨日、保健室で聞いた。
エメラルド様は、悪戯っぽく笑いながら、
「女性同士では婚姻は出来ないけれど、優秀な人材を招くために猶子にすることはそれなりにあるわ」
アジィ様が私をスカウトしようとしてると仰りたいのかな?
「そんなわけ、ないですよ。
それに、私に貴族なんて、務まるわけないですし」
「そうね。新しく貴族になるなら、憶えなければいけないこともいっぱいだし。
法令関係、礼儀作法、紋章、国内関係、国際関係、ほかにもいろいろ。
学院で教えられないこともあるしね」
はぁー、貴族をするって、大変なんですね。
「レンガ様なら、大丈夫よ」
エメラルド様はなんでもないことのようにそう言われたけれど、私は聞いただけで全然できる気がしなかった。
「今度は、レクト魔導王国の方々が来訪されますね」
お昼の時間。私はアジィ様とエメラルド様と一緒に食堂にいた。
「連合国の方々は強敵というところですけれど、レクトの方は正直あまり親しくなりたいと思いません」
エメラルド様の言葉に、アジィ様が答える。
「レクトの『魔導騎士団』は精強の誉も高いですし、無下にも出来ませんよ」
「『魔導騎士団』、強いかもしれないけれど、やっぱり私はあまり好きではありません」
そう言いながら、アジィ様は軽くお茶に口をつけた。
私は黙って、お2人の話に耳を傾ける。
「『廃公』の遺産ですもの。それは当然では?」
「遺産の処分ができるのに、それを使い続けるところは信用ならないと思いませんか?」
エメラルド様とアジィ様が交互に話されるのを追って、私も顔を左右に動かしながら聞いていたのだけれども。
「『廃公』って、殺戮と圧政の代名詞に使われる、あの『廃公』ですよね?
あれって、レクトの話だったんですね」
私がポツリと呟くと、
「ええ。それもまだ5年ほどしか経っていないお話よ」
エメラルド様が答えてくださった。
「そんなに最近なんですか?すごく有名なお話ですよね」
「ええ。実際によっぽどのことがされたのか、誰かがよっぽどのことにしているのか、でしょうね」
エメラルド様は、誰かが事実を、あるいは脚色して広めたと仰っているようだ。
「『魔導騎士団』が存在し、王族貴族が多く新しい顔になっているから、何かあったことは確かなのでしょうけれど」
「私が授業で聞いたのは、
『廃公』が国で専横して、虐殺や暴政を尽くしたって。
それを見かねて立ち上がった『英雄』フェイが『廃公』を倒して、国は救われた。
その後いまの国王様たちが立て直して、
今では聖王国にも並ぶと言われるように……」
私が基本書を思い出しながら、言うと。
「そうね。地理の授業なら、合格ね。
でも、あれだけ宮廷の掃除がされて、財務も軍事も設備も政策だって整えば、あとはレールの上を走るだけだわ」
「『廃公』は、先進的すぎたのかもね」
「だけど、『魔導騎士団』はどうかと思うわ。
いくら強力と言っても、人に対する冒涜じゃないかしら」
「……『死人に口なし』と言うし」
悪道の限りを尽くしたため名前すら没収された『廃公』だけど、他人の罪も背負わされているかもしれない、ということなんでしょうか。
いつのまにか、アジィ様とエメラルド様の声は小さくなっていた。つられて、私も小声だ。
ここは、周りに話が聞こえない『特別な席』のはずなのに。
この話題は、本当に難しいもののようだ。
「それより、」
「「?」」
「レンガ様はいつ私のことを愛称で呼んでくださるのかしら?」
「!
ええっ!?」
突然エメラルド様が言い出して、私は慌て、アジィ様の紅茶を飲んでいた手が止まる。
「アメジスト様は愛称でお呼びなのですもの、私も同じようにしてくださるわよね?
どうぞ、『メリーダ』って呼んで」
エメラルド様はそう言って、私の眼を覗き込んでくる。
その瞳はいたずらっぽそうに笑っているが、突然の話で混乱した私は断る言葉も考えつかず……
「その、よろしくお願いします、メリーダ様」
「こちらこそ、よろしくね」
そう答えた私に、メリーダ様はしてやったりというように微笑まれたのだった。
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