15-1 カーン商会会頭
「うぅ……ん?」
朝日が顔にかかって目が覚める。
時計を見れば、いつも朝起きる時間だ。
「あーあ、お風呂はいるの、忘れちゃいましたよ」
急いでベッドから降りれば、まだ完全とは言えないものの、頭の重さも身体の重さもいくらか元通り。
体調が戻ってきたことに安心しつつ、私はとりあえずシャワーだけ浴びることにする。
髪を乾かし、肌を整え、朝のパンを食べたら、荷物をもって。
「いってきます!」
いつものように、家を出た。
早朝の町は、まだ人通りも少ない。
の、だけれど。
通りを歩いていると、向こうの方から知った影が歩いてきた。
シャツとパンツにジレを着込んで、首には緩めたネクタイ。手にはジャケットをかけている。
長身にぴったりと合ったその姿は、凛々しさと色香を漂わせている。胸のボリュームが、すごい。
「……あれ?
ラー様じゃ、ないですか?
おはようございます」
「おや、レンガじゃないか。
おはよう、こんな時間にどうしたんだい?」
「それは、こちらがお伺いしたいですよ。
ラー様こそ、こんな時間に、こんなところを、どうしたんですか?
それに、なんだかお顔も赤いような気がします」
「そういうレンガは、少し顔が青いような気がするけれど、大丈夫?」
「昨日は体調崩しちゃってたんですけど、だいぶマシになりました。
それで、ラー様はどうしてここに?」
「ああ!
これは、昨晩ひと仕事終わったから、そのまま何人かと打ち上げに行ってきてさ。
一晩中飲んじゃったから、酔い醒ましに歩いて帰ろうと思って」
「それは……、おつかれさまです?」
「レンガは、そうか。今から仕事かな?」
「はい。
『猫のパン』で配達のお仕事です」
「『猫のパン』かぁ。
うちもお世話になってたね。
マリオ店長にあったら、よろしく伝えてくれるかな?」
あれ、そうなんですか?
うち、お花の取り扱いは……ああ、食べれる生花のパンを試作してたような。
「わかりました、お伝えしておきますね」
「それじゃ、また今日の午後に、学院で」
意外な遭遇だったけれど、そんなかんじで結構いつもどおりの会話をして。
私は再び道を歩きだした。
「おはようございます!」
『猫のパン』につくと。
「ああ、レンガちゃんか!丁度いいところに!
リンク、レンガちゃん連れてけ!!」
いきなり、マリオさんの指示が飛んできた。
「配達のシフトは、こっちで組み直しとく。
事情は、道中リンクが説明してくれるだろ」
そう続けたマリオさんは、慌ただしく材料倉庫に入っていく。
「悪いね、レンガちゃん。ちょっとだけ、手伝ってね」
今度はリンクさんに、店の前に停まっていた荷馬車に案内される。
「乗って!」
手をとって御者台の上に引き上げてもらうと、リンクさんは手綱をとって荷馬車を発進させた。
「いやぁ、こちらの注文ミスさ。
買ったものは使うけど、いつもの商品を作る材料が足りない。
だから、急いで追加の材料を運ばないと」
リンクさんは、ガタゴト揺れる荷馬車の上で、そんな説明をしてくれた。
「いきなり訪ねて、品物はあるんですか?」
「カーン商会は農産品の最大手だからね。倉庫にはいつも商品がいっぱいだよ。
僕たちはまずお店の方で注文票をもらって、それを倉庫で見せれば材料を受け取れる、という寸法さ」
なるほど。お店と倉庫は別の場所にあるんですね。
しばらく進んで入ってきたのは商館街。名だたる商会が店を連ねている地域だ。
私達はその中でもひときわ立派な商館の横に広がる馬車溜まりで荷馬車を止め、商館の中に入っていく。
「いらっしゃいませ。
どのような御用でしょう?」
入口正面に立っていた女性の店員さんが、声をかけてくれる。
「お世話になっています、『猫のパン』です。
急ぎで小麦粉の追加注文をお願いに参りました」
「では、こちらの窓口にどうぞ」
右手の方へと案内される。
なるほど、用件を確認して担当する部署にすぐに案内することで、来客は待たなくて済むし、入口付近の混雑も防げるわけですか。
店員さんについて歩いていると、誰かに道を譲るように端に寄る。
偉い人かな?
そう思って待っていると、さっき見た顔。ラー様だ。
「ん?なんだ。レンガ、さっきぶりだね」
「そうですね、驚いてます。
ラー様は、お花の買い付けか何かですか?」
「いや、ちょっと一晩飲んでいたことについて、叱られに来たところさ。
胃が痛いな。早く学院に行きたいよ」
「胃が痛くなるほど、お酒を飲まれてはいけませんな。
会頭の体調は、商会の将来に関わる重大事項ですから」
がっしり大柄で恰幅の良い壮年の男性が、立ち止まっているラー様の後ろから声をかけた。
「おいおい、こんなところで説教は勘弁してくれ。
お客様も大勢通るし、信用問題になる」
「すでに、私からの信用問題になっておりますよ」
そう言われて、ラー様は肩をすくめながら私達に挨拶をすると、壮年の男性に連行されていく。
……えと、さっき『会頭』とか、呼ばれてませんでした?
見送っている私を、リンクさんが肘でツンツンとつついて。
「ねぇ。
レンガちゃんって、ラー会頭と知り合いだったんだ?」
リンクさんから抑揚のない声で確認された。
「……ええ!?
ラー様は学院でお世話になっていますから、よく知ってますけれど。
カーン商会の、会頭さんだったんですか?」
「なるほど。
個人的な面識はあったけれど、お仕事は知らなかったのか。
さすが『学院』、すごい人脈だね」
感心したようなリンクさんの声。
「どうぞ、こちらへ」
待ってくれていた案内の店員さんが声をかけてくれて、急ぎの用で来ていたことを思い出す。
私とリンクさんはとりあえずいまの驚きは忘れることにして、材料の手配を急いだ。
「おつかれ、レンガちゃん!」
頑張ったかいがあって、無事に材料の追加分を店に運び込んだら。
リンクさんは急いでそのまま調理場の方に入っていった。
そして私は、もう学院にいかなければいけない時間だ。
「おつかれさまでした、また後で!」
そう、いつものように挨拶をして、店を出ると学院に向かった。
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