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14-4 馬車の先後争いを見ましたよ

2023年1月22日-誤字修正。

『研究会』が終わっても、まだ雨はやまない。

 私は、シリルさまにお借りした傘をさして、『猫のパン』に向かう。

「傘、無いでしょう?

 おつかいなさい」

 私が傘を忘れているのをご存知かのように。

 シリルさまはそう言うと、手元から取り出した傘を私に渡してくださったのだった。

「私、シリル様に傘がないこと、お話ししましたっけ?」

 思い出そうとしても、今日は頭が働かず、記憶が定かではない。

 パッとお借りした傘をさしたら、頭の上に水灰色が広がって、どことなく薄日射す空とシリル様を思わせた。


 傘をさしながら大通りを歩いていると、多くの馬車がバシャバシャと雨の中王宮に向かっていくのにすれ違う。

 きっと、今晩あるというパーティに呼ばれた貴族の方々や荷物を運ぶ出入りの商人の馬車だろう。

 時折急いで走り去る馬車が、所々にある水たまりの水を跳ね上げるのを、かぶらないように気をつけて進む。

 そんなわけで、『猫のパン』につく頃には、いつもより少し遅い時間になっていた。


「すいません、すこしおくれました!」

「おう、レンガちゃん!

 べつに、ほとんど時間通りだ。大丈夫、問題ないよ」

 いつもの調子に戻ったマリオさんが、にこやかにそう迎えてくれる。

 私は遅れを取り戻すように、急いで着替えると雨よけのポンチョをかぶって、配達にでかけた。


「こっちが先だ、道を譲れ!」

「なにをいう!そちらが、割り込んできたのではないか!」

「伯爵が侯爵の行く手を遮るなど、失礼千万だな!」

「僭越な!国法ではこちらに優先権があるはずだ!」


 配達の途中。

 行く手で2台の馬車が立ち止まり、何やら言い争っている。

 どうやら、どちらが先に進むかで揉めているらしい。


 ……あぁ、どちらかが身を引いて1台ずつ進めば、喧嘩なんかしている時間で王宮にもつけるんじゃないですかね。

 私が呆れながら、横を通り過ぎようとしたときだった。


「邪魔だ!道が狭くなる。

 あっちにいってろ!」

 喧嘩で鬱憤が溜まっていたのだろうか、侯爵家を名乗った馬車を操る御者が私に向けて文句を言い、そのうえ立ち上がると御者台の上から鞭を伸ばして、私を猫車ごと殴り倒そうとしてきた。


 ……イラッ。

 とりあえず、鞭が当たってお届け物のパンにもしもの事が無いよう、身体と猫車をユラリと揺らして躱す。

 体調が悪いせいか思った以上にフラついてしまったけれど、なんとかパンが被害にあうのは回避する。

 ついでに御者がバランスを崩して御者台から落ちるように、鞭を掴んで引っ張るくらいはしてやりたかったけれど、こんなことで質の悪い貴族に『猫のパン』が目をつけられても堪らない。

「もうしわけ、ありませんでした」

 おとなしく頭を下げて、別の道を進むことにする。


 そもそも歩道があるのに。とんだ言いがかりですよ。

 大通りの片側に馬車を2台並べて身動き取れないなんて、あとあと物笑い間違いなしですね。

 ほら、だんだん車が詰まっていっているじゃないですか。迷惑甚だしい。

 トラブル対応の騎士団とか、いないんでしょうか?


 それにしても、さっき鞭を振り上げた、あの馬車。あの紋章は、キョード侯爵家ですね。

 詳しいことは知りませんけれど、きっとろくでもないやつに決めました。

 喧嘩していたもう片方の馬車はエフタル伯爵家のはず。私、今はこちらを応援することにします。

 公共の往来で馬車を止めて喧嘩するなんて、同レベルといえばそうなんですけれども。


 モヤモヤした気持ちが胸の中を駆け巡る。

 考えのまとまらない頭の中で、思いつくままグチグチと文句をいいながら。

 それでもお客様を不快にすることがないように、そんな心を笑顔に隠して、配達を進めていくと。


「おや。ハーン公様は、本日この道をお通りでしたか」

「これは、これは。メイ公様の馬車とお見受けします。お邪魔になってしまったようで、申し訳ありません」

「いえいえ。……どうやら、こちらこそお邪魔のようですね。どうぞ、お先に」


 本日2件めの先後争いかと思いきや、今度はあっさり順番が決まったようだ。

 2台の馬車が続いて、1件目の先後争いを見かけた通りへと曲がっていった。


 騎士さんが走っていった様子もないですし、きっとさっきの馬車はまだ喧嘩してますよ。

 さて、どうする気ですかね?


 私は、キョード侯爵の馬車がどうなるか想像して、ちょっと気が晴れた。

 だって、今通っていった2台の馬車に刻まれた紋章は、聖王国でも最も有力な貴族。

 聖王国の各地方をほぼ10分割して支配する10公家の筆頭を争う、ハーン公爵家とメイ公爵家の馬車だったからだ。

 まあ、公式にはハーン公爵が筆頭公爵でメイ公爵が次席なんですけど、ここも本心ではどちらも自分が筆頭と思って譲らないらしいと聞きます。

 でも、公の路上でくだらない争いをしない程度の分別はお持ちのようですし。

 キョード侯爵程度では、その行く手を遮るには力不足間違いなしです。……ウフフ。


 そんなこんなを見つつ『猫のパン』に戻れば、私の配達は無事終わり。

 もしかして他に配達途中でトラブルに遭った人はいないかと聞いてみたけれど、何人か争う馬車を見かけたものの巻き込まれないよううまく回避したらしい。

 もちろん、パンのお届けのトラブルはゼロだ。

 さすが、聖都に誇る『猫のパン』の配達ですよ!

 私は、なんだか自慢したい気分になった。


 配達が無事終わったあともお仕事を続けようとしたら。

「レンガちゃん、まだ体調があまり良くないようだね。

 今日はもういいから、早くおうちに帰っておやすみ」

 マリオさんに止められて、家に帰ることになった。

 馬車を呼ぼうかと言ってくれたけれど、さすがにそれは申し訳無さすぎるので、必死に辞退する。


「すいません。

 それじゃ、お先に失礼します」

 挨拶してから、学院で貸してもらったシリル様の傘をまたさして、ゆっくり歩いて帰る。

 ああ、騎士団もちゃんと巡回くらいはしてるんですね。

 たまにすれ違う騎士団が持つ灯りと、いくらか減ったもののまだまだ多い馬車が灯す光が、雨の中で目の前を流れて。

 私は、そんな光景にどことなく幻想的な雰囲気すら感じながら、なんとなくフワフワと浮いたような気持ちになって、家へと帰った。


「ただいまですぅ~」

 家の中に入ると、制服寝押しの準備を整えてから、入浴のまえに、いちど重い体をベッドに寝かせる。

 そのまま、肖像画を見上げて。


 はあぁぁ……

 とりあえず、なんとか1日が終わりましたよ。

 まだ、しなきゃいけないこともありますけど……

 今日はずっと調子がいまいちでしたけど、私やらかしてないですよね?

 きっと。

 たぶん。

 そうじゃないといいけど。

 うぅ、ちょっと覚悟はしておこう。


 パパ、ママ、明日はもっとしっかりやりますから、今日は大目に見てくださいね。

 おやすみなさい……


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