8-4 昔ついた渾名
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月02日-字句などを修正。内容に変更はありません。
2023年1月22日--字句などを修正。内容に変更はありません。
「ごゆっくりとお使いくださいませ」
宿屋『ドーメル』にある打ち合わせ用の小部屋のひとつで。
飲み物とお菓子が載ったワゴンが用意された後、案内の男性は丁寧に礼をして部屋を出ていった。
「ふふ、役得ね♪」
セーラさんは、鼻歌を歌いながらお菓子を見つめていたが、くるりと振り返り、
「お菓子もそうだけれど、貴女に会えるのも、ね。レンガさん。
『殲滅の戦乙女』……と呼ばれるのは、あまりお好きではなさそうね」
セーラさんからは笑顔が絶えない。
「そんな呼び方をしている人も、あるそうですね」
私は思わず肩を落とす。こういうのを『若さゆえの過ち』と言うのだろうか。後悔はしていないけれど、結構反省している思い出だ。
「そう。とぼけたりは、しないのね?
3年前のゴブリン拠点掃討作戦のときに、拠点攻勢に参加して全滅の危機を逃れたわずか数人がその光景を見たというだけで、真実かどうかもはっきりしない、とは聞いたけれど。
宙を舞う『宝具』が魔力の光を放って魔物どもを薙ぎ払い、陣を組んではあらゆる弓矢も打ち落とした、んですってね。
それを使ったのは弱冠13歳、冒険者になって1年でCランクに登録された期待の新人、レンガ=アイセ。でも、その戦いの後に突然姿を消す。
まるで、物語みたいね。しかもその少女の姿は、愛好家も多いあの戯曲『世界の終焉の物語』にでてくる戦乙女の姫のようだった、だもの。盛り過ぎだと思ったわ。
でも、……その鞄?」
「そうです。さすがにお見せはできませんけれど」
「そこまでの失礼はしないわよ。もちろん、見せてもらえるのならぜひ拝見したいけれどね?」
「『悪魔』に会うことがあれば、そんなこともあるかもしれませんね」
「なるほど。その情報のために、隠れていたのに敢えて私達と会ってくれたのね。信用してもらえているようで、嬉しいわ。
どうして名前が知られたのと同じ町で隠れていることができるのか……については、あまり深くは聞かないほうが良さそうね」
「別に。いい仕事先があったからですよ」
たしかに、私のことを変に探るようなことがあれば、『研究会』のメンバーがなにかするのだろう。それは、『銀月』の人たちに決していいことではないと思う。
それに。
私の答えも、嘘ではない。
私は、きっとあのときの出会いを忘れない。パパとママがいなくなって脱け殻みたいだった私が、また『私』に戻れたのだから。
「そう。私達も、いつか冒険者を終わる時が来たら、そんな仕事を始められるといいわね」
セーラさんも、なにか思うところがあったのだろうか。どこか遠い目をしながら言った。
カチャリ
部屋に飲み物の入ったコップを置く音が響く。
「それで、新しい『悪魔』の情報はお持ちでしょうか?」
私は仕切り直すついでに、本題に入った。
「聖都の中については、これといって新しい情報はないわ。いえ、以前と比べて、むしろ怪しい情報は減ったわね」
先日聞いた、「ミズナ様が見回ったから、悪魔は潜伏した」ということだろう。
「なるほど」
私が返事をすると、セーラさんはなにか確認するようにうなずいた。
「そう仰るということは、聖都の外では何かあったのですか?」
「まあ、ね。馬で半日くらい南東にいったあたりの大きな泉ちかくに、強い魔力反応が現れたようよ。
現在Cランク級の調査依頼が出ているから、確認されればBランク級の討伐ね。
魔物ならそれこそゴブリンの大群やオーガの集団か単体なら水竜クラスといったところだけど、聖都から姿を消した悪魔が拠点を築いている可能性も否定できないと思うわ」
ここで冒険者ギルドでの情報が聞けたのはありがたかった。
それなら、私も依頼を受けて……でも、変なあだ名を付けられてしまったから、恥ずかしくて冒険者ギルドには顔を出しにくい。報酬はもらえないけれど、一人で確認に行ってみようか……?
そんな事を考えていると、
「お供は要らない? 戦乙女のお姫様?」
セーラさんが軽い口調で聞いてきた。
「レンガさんは強いかも知れないけれど、万が一のこともあるわ。戦乙女は勇気と無謀でできているとも聞くし。
誰か一緒にいたほうがいいんじゃない?
それに、私達なら討伐依頼も受けれるから、報酬の山分けもできるわよ?」
冗談を織り交ぜた口調には、でも気遣いが滲んでいる。セーラさんは、優しい人だ。
「べつに、何もするつもりはありませんよ?」
私は否定したけれど、セーラさんは「嘘が下手ね」とでもいうようにゆっくりと首を振った。
「なんなら、討伐報酬を全部譲ってもらえれば、私達がレンガさんに雇われる形にしてもいいわ。一緒に行きましょう?」
『銀月』に協力を依頼することを考えるなら、破格の譲歩だ。無料でBランクの冒険者パーティが雇えるのと、結果は同じ。そんなこと、普通はありえない。
それでも……
「1人のほうが、いろいろ気楽ですから。
なにかあったら、また報告に伺いますね」
私は、そんなふうに返した。
「残念ね。でも、もし偶然討伐依頼を受けた先にレンガさんがいたら、その時は仲良くしたいわ」
セーラさんは、それでも。そういって右手を差し出す。握手を求められた。
私は、ゆっくりと右手を伸ばして、そっと手を触れる。
「それじゃ。お互い、いい冒険をね」
「セーラさんたちも。冒険の成功を祈っています」
セーラさんは最後までなにかいいたそうだったけれど。
結局、私達はそんな挨拶をし、小部屋を出て、別れたのだった。
『ドーメル』を出ると、もう日が傾きかけていた。
急いで『猫のパン』に向かいながら、考える。
あれは、なんとかして一緒に調査か討伐をするつもりのようですね。どうして私にそんなに興味を持ったのか、わかりませんけれど。
それでも、セーラさんの優しい気持ちが伝わってきた。その手をとりたい、一緒にいても良いんじゃないか、そんな強い気持ちが胸に溢れる。
けれども。本当に私が探している『アレ』なら、Bランクパーティだって安全じゃない。私のことは『宝具』があるけれど、自分のこと以外に手が回るかわからない。
私は、会って話して、感じた。グラントさんもジャックさんもセーラさんも、海千山千なBランクハンターとは思えないほど人が良い。そんな3人とやっていける『銀月』のメンバーは、結局みんな根の良い冒険者なのだろう。
そんな『銀月』のだれかに、もしものことがあったら。今度は、『私』が帰ってこられるか、自信がない。
そんな想像をしただけで、いつのまにか私の体は鳥肌だっていた。
「『銀月』のみなさんは、足手まとい。
あちらが動く前に、私が出し抜いたほうが良さそうですね」
私はそう決めると、『猫のパン』の仕事を終えてから2日間のお休みをお願いして。
家に帰ったら、まずしっかりと体を流す。
それから遠出の準備を整えて、最後に肖像画を見つめ、そっと話しかけた。
「パパ、ママ、もしかしたら仇がうてるかもしれません。
もうすこし、待っていてくださいね」
興味を持っていただけたり、応援をいただけるようでしたら、ぜひブックマーク・評価・感想などをいただけますと幸いです。




