8-3 宿屋『ドーメル』
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月02日-字句などを修正。後書きを削除。内容に変更はありません。
2023年1月22日-ルビ追加。
授業も終わり。
私が『研究会』にいくと、そこには誰もいない。
珍しいこともあるものだ。
でも、
ユーリ様は、巫女様というのが本当なら、他国からの来賓のある今日から暫くはお忙しいだろう。
シリル様は、昨日「家で大人しくしている」と仰っていたような気がする。
ラー様は、連合国から難しい注文があったみたいだし、今朝のマリオさんのお店と同じくてんてこ舞いに違いない。
ミイツ様は、……なにかご用事があるのかな?
ミズナ様は、騎士団におられるのだし、警備などで忙しくないわけがない。
これは、しばらくは『研究会』もお休みですかね。
……そうだ、それなら最近知り合った冒険者パーティ『銀月』さんのところでも訪ねてみますか。
『悪魔』について、なにか新しいことが聞けるならぜひ聞きたいところです。
そう考えた私は、学院を出ることにした。
学院をずっと南に進むと旧市街と新市街を分ける旧城門がある。
旧城門を出て正面が南街区、右に進むと西街区、左に進むと東街区だ。
新市街は旧市街より、断然活気がある。
住宅も旧市街より統一感がなく、店も大小様々で売っているものも色々だ。
旧市街のほうでは新市街のことをよく猥雑なんていうけれど、その熱気は力強いものだとおもう。
私は旧城門をくぐると、大通りから大通りへと左に折れ、そこからまたまっすぐ進む。
新市街は昼間でも裏路地に入れば、変なのに絡まれないとも限らない。
今は国の賓客がある期間だし警備も厳しくなっているだろうけれど、まんがいちなにかあったら今度は私が厳しく取調べをされかねない。
淑女危うきに近寄らず、ですよ。
目的地の宿屋の名前は『ドーメル』。『災厄』後の再建の際にクロスロード海洋国から招聘された、聖都でも指折りの宿だ。
新市街の活発な取引に参加するために訪れる商人や、旧市街の窮屈さを嫌う冒険者に特に人気だが、それなりに名の通った一流クラスでなければなかなか利用できるものではない。
「さすが、Bランクですねぇ。いいお宿に泊まっています」
巡回と思われる騎士さんたちを横目に見ながら大通りを進めば、石組みの壁に囲まれた大きな敷地が見えてきた。
ここが『ドーメル』。石造り5階建ての建物はこのあたりでは図抜けて高く、きれいなお庭まであるのだからすごい。
入り口の門には短杖を持って制服を着た女性が立っている。警備と案内を兼ねているのだろう、腰には通信の魔道具とおもわれるものが覗いている。
……彼女から、魔力を感じますね。おそらく、冒険者上がりの神官か魔道士でしょうか。あの魔力に加えて体術もできるのなら、Cランク冒険者といったところですね。
なんとなくそんな事を考えながら近づいていく。あちらからも、失礼にならない程度に観察されている感じがする。装備だけでなく、節度を守りつつでも油断のないところに、さすが高級宿の質を感じる。
私は黙って前を通り過ぎる。目指すところは、冒険者パーティの『銀月』さんだし、とりあえずのところはエントランスの向こうにある受付だ。
門をくぐるときに、まず感じる違和感。騎士団拠点と同じように、敷地内に何らかの魔法がかけられている証だ。
敷地の中に入ったら、まず広い庭が広がる。整備された季節の花咲く花壇と、それが映える緑の植え込みが美しい。その中央を通る石畳の通路を抜け、その先にあるエントランスから建物内へ。
そこには、3階層分の吹き抜けとなった空間がひらけ、少し奥側に寄せて設けられた仕切りの向こうはだいぶ洒落た食堂だ。中央では、2階層程度の高さに置かれたいくつかの魔石から1階に設けられた泉へと、滔々と水が流れ落ちている。
「いらっしゃいませ。どのようなご用事でしょうか?」
受付に行くと、制服を着た男性から、丁寧な仕草で確認される。
「グラントさんとジャックさんにお誘いいただいて、『銀月』さんをお尋ねしました」
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「レンガ=アイセと申します」
「承知いたしました。それでは確認をいたしますので、少々お待ち下さい」
受付の男性が奥に入ろうとしたときだった。
奥に入ろうとした受付の男性に、声がかけられた。
「その必要は、ないわ」
艶のある女性の声だ。
声の方を見ると、緑のショートヘアになかなか露出の高いローブを着た女性が立っていた。かなりメリハリの効いた体つきをしているのがよくわかる。そして、左腕に銀の腕輪。『銀月』のメンバーで間違いないだろう。
「貴女がレンガさんね。私は『銀月』の魔術師、セーラ。訪ねてくれて嬉しいわ」
ニッコリと自己紹介を受けたあと、セーラさんは受付の男性の方に向き直って言う。
「すいません、打ち合わせ用の小部屋をお借りできますか? あと、飲み物とお菓子も一緒に」
『ドーメル』クラスの宿となれば、商談などで使う防音魔法などが施された小部屋がいくつか用意されている。
しかし、使用するにはそれなりの金額が必要なはずだ。ありていに言えば、安くない。
だけど、
「ん? 貴女のためなら、このくらいの投資は安いものよ?」
セーラさんは流し目で微笑みながらそう言うと、さあさあと私の手を引きながら、男性の案内に続いて小部屋まで移動する。




