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8-1 めずらしい客

2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。

2021年10月02日-字句などを修正。後書きを削除。内容に変更はありません。

 いつものように、目が覚める。

 窓から入る陽の光は明るいのに、私の気持ちはどこか憂鬱だ。

 きっと、昨日の朝の一件をまだ引きずっているのだろう。

 寝押しした制服を着ると、いつものようにフルーツを絞った水を飲む。

「よしっ!」

 キリッとした刺激で気合を入れて、1階に降りて。

 身だしなみを整えて、朝ごはんのパンを食べて、荷物を手に取り家を出る。

「いってきます!」

 家の扉を開けたら、全身に浴びた朝日が気持ち良かった。


 そういえば、マリオさん、今朝はたくさんのパンを受け取りに来るお客様がいるって、いっていましたね……

 どんな人なんでしょう?

 また、配達先が増えるのかな?

 もしかしたら、新しい人も雇われることになるかも。

 だとしたら、今度の教育係は誰になるんでしょうね……

 私が『猫のパン』で仕事を始めた時は、リンクさんが教えてくれましたっけ。

 わざわざ一緒に全部の配達先を回ってくれて、効率のいい順路の設定の仕方とか、気をつけたほうがいい場所とか、教えてくれたんですよね。

 なつかしいなぁ。


 などと考え事をしながら歩いてきたら、いつのまにか『猫のパン』も間近だった。

 今日の私は、かなりボンヤリと歩いていたに違いない。しっかりしなきゃ、と反省する。

「おはようございます!」

 挨拶をして店に入ると、そこには20個近いバスケットが並べられていた。

「おう、おはよう、レンガちゃん!

 もうしばらくしたら昨日言ったお客が来るから、エプロンつけてこっちに戻ってきてくれ」

「はい、わかりました!」

 いそいで帽子とエプロンを着けると、鏡を見ながら問題がないか全身チェック。

 大口のお客様に、なにか粗相が合っては大変だ。

「レンガちゃん、頑張って!」

 たまに、配達にいく同僚が声をかけていってくれる。

 その声が、「もうすぐお客様が来る」ということを意識させて、少しづつ緊張してきた。


 ガチャ……

 店の扉が開く。

「いらっしゃいませ!」

 私は大きな声で挨拶すると、頭を下げる。

 すると、

 ポン

 と、大きな手が私の頭に置かれた。

「はは、レンガちゃん、ちょっと気が早いな。そんなに緊張しなくていいよ」

 マリオさんに、笑われてしまった。


 私が赤面していると、

 カチャ……

 再び扉が開いて、今度は箒を持ったリンクさんが静かに入ってきた。

 箒を持っているということは、外の掃除をしていたのだろうか。でも、リンクさんがそんな仕事をするなんて……

「マリオさん、来られたようです」

 リンクさんが声を潜めながら言った。

 なるほど、お客様が来るのかを外で確認していたんですね。


 ガチャリ……

 そしてもうしばらくして。店の扉を開いて、噂のお客様がやってきた。

 ……女性、そして、スーツ!

 店の外からの光でシルエットになったその人は、それでもひと目で分かる服装をしていた。

 一気に緊張する。身体が、ビクンと震えたのがわかった。


「このたびは、ありがとうございます」

 マリオさんが近づいて、手を差し出す。

 もし、なにかあったら!

 私はすぐに動けるようにしながら、じっと様子をうかがう。

「こちらこそ、ありがとうございます。

 噂は、海のむこうまで届いていますわ」

 長い髪を上の方でまとめた女性は、笑顔でそう答えると、マリオさんの手を握った。

 顔も声も、よく見れば体つきも、昨日の人物と違う。

 でも、同じ服装なのだし、関係者である可能性は高いんじゃないかと、私は考えていた。


「いや、ほんとうですか。ありがたい話ですが、にわかには信じられませんね」

「本当ですよ。もしその気がお有りでしたら、いちどご招待してもいいくらいです」

「はは、そこまでいってもらえると。

 ですが、この町にはうちのパンを贔屓にしてくださっているお客様も多いので、そう店を空けるわけにはいきません」

「残念、ふられてしまいました」

 そして、お客様とマリオさんは、ハハハと笑いあった。


「そちらが、リンクさんね」

 次に女性はリンクさんに声をかけた。

「は、はい! マリオさんの手伝いをしてます、リンクといいます」

 驚いたのか、リンクさんは少しビクッとした後、挨拶をする。

「マリオさんからは、お店を任せられる有望株と聞いているわ」

「え? そ、そうなんですか!?

 ありがとうございます!」

 リンクさんは顔を真赤にしながらマリオさんに向き直ると、思い切り頭を下げた。

 リンクさん、マリオさんを尊敬してますからね。そんなこと聞いたら、嬉しいですよね。

 良かったですね、と。すこし緊張を緩めていた私が、そう思いながら眺めていると、


「あなたがレンガさん?」

 私にも声がかかった。思いがけないことだったので、身体がビクッとする。

「はい、そうです」

 なんとか返事をすると、女性は思いがけないことを言ってきた。

「私は、マーガレットといいます。

 昨日は、私達の……連れの1人が迷惑をかけたようで、ごめんなさいね。どうか、気にしないで。

許していただけるかしら?」

 やっぱり、関係者だったんだ!

「もし良ければ、お詫びの代わりに、連合国へご招待するわ。

 連合国への特別留学生待遇でいいですよ?」

 ニッコリと微笑みながら、どこか具体的なお誘いがかかる。

「え、あの、その……」

 その真意がつかめずにしどろもどろになっていると、

「あら、意外と脈があるのかしら。

 それなら、本気にしてくれて構わないから、もし連合国を見てみたいと思うなら考えてみて。

 また、返事を聞きに来ます」

 そういってから、マリオさんの方に向き直った。


「それでは、品物の確認を」

 マーガレットさんとマリオさんが、バスケットの中身を確認して、会計をする。

 その間に、リンクさんと私が、確認されたバスケットを猫車に乗せる。

「それでは、いただいていきますね」

 マーガレットさんは猫車を押して店を離れていった。

 スーツに猫車という見慣れない光景に、私に少し変な気分になったものだった。


「ふ~……

 なかなか、厄介な客だったな」

 マリオさんが大きく息をつきながら言った。

「代金にはだいぶ上乗せしてくれたが、大事な店員にまでコナをかけやがった。

 本当は許せるもんじゃないんだが……」

 マリオさんが、真剣な顔をして私の方に向き直る。

「レンガちゃん、今の話は、すごい話だ。

 もし受けるんなら、うちの店は構わねぇ。

 レンガちゃんが、してみたいようにするんだよ?」

 ゆっくりと、そう言ってくれた。

「あはは、私はそんな気はないですよ。

 これからもお世話になります、マリオさん!」

 私は一番の笑顔で答える。

 だって、私の目を見ながら話すマリオさんのその目に、どこか寂しそうな光を感じてしまったのだから。




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