7-1 路地裏で出会ったものは
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年5月6日-語句訂正 「路面販売」→「路上販売」
2021年10月02日-字句などを修正。後書きを削除。内容に変更はありません。
「ん……」
ベッドに朝日がかかり、いつものように目が覚める。
窓の外ではお日様が元気に輝いている。今日はいい天気だ。
いつものように、制服を着て、水を飲んで、髪を整えて、食事をして、荷物を持って、
「いってきます!」
いつものように挨拶をして、家を出る。
「おはようございます!」
「おはよう、レンガちゃん。
今日もよろしく!」
いつものように『猫のパン』につくと、バスケットを持って、配達にでかけて。
そこまではいつもどおりの朝だったのだけれども。
……つけられてますよね。
何件か配達に回った後も、変わらず私の後ろに気配がする。
最初は偶然かと思ったけれど。
何件もの家を巡る道を同じように通るなんて、偶然も過ぎる。
そして、お客様の家の中にパンを届けに入って、出てきた後も気配が続くとなれば、もう間違いないだろう。
わざと小路地を曲がって、細い道を進む。横からの日差しを受けて陰影の深い道は、一直線。隠れるところはない。
「なにか、御用ですか?」
振り向いてそこにいるはずの誰かに声をかけた……はずだった。
しかしそこには、何の影もない。
どこ!?
私は一気に警戒度を引き上げ、全周囲の気配に意識を巡らせる。
ちりん……
背後で、何かの金属音。たぶん貨幣だと思うけれど、聞き慣れない……
一瞬そちらに気を取られたあと、気付いたら前の通路に女性が一人立っていた。
帽子で隠れた目、セミロングくらいの髪に、なんというか場違いにスマートなスーツ。連合国では多く着られていると聞くけれど、聖都ではなかなか見ない服だ。
「お仕事の邪魔をしてしまったら、ごめんなさいね」
色っぽいアルトが路地に響く。
蠱惑的とも言える声には、魔力が添えられた感じがして。
なにかの魔法が付加されている? 魅了とか、幻惑とか、だろうか?
私は気が緩まないよう意識を強める。
「ずっと後ろをついてこられたら、気になりますよ。
なんの御用ですか?」
「別に、貴女を取って食おうというわけじゃないわ。
その証拠に、ほら。この距離なら普通『届かない』でしょう?」
「貴女、どう考えても普通じゃないじゃないですか。なにかが届いても、驚きませんよ。
それで、御用はないんですか?」
3度聞けば、さすがに答えが返ってきた。
「噂に聞く『猫のパン』の様子を直接見てみたかったの」
その声と同時に見えた目が、ニッコリと笑みを浮かべ、
「それから貴女を見にね。レンガ=アイセさん」
一瞬背筋が寒くなる。笑っているのに、心の底が冷える目だ。
震えそうになる体を抑え、なにがあっても対応できるように、力が籠もりすぎていた筋肉を意識して緩めて。
目で牽制してみるが、多分全然通用してそうにない。
「申し訳ないですけれど、路上販売はしていないんですよ」
私は、自分を落ち着けるようにそう言った。
「それに、私なんか見ても、なにも面白くないですよ?」
そう言ってみると。
「そんなことはなかったわよ?」
そう言った女性は、いきなり目の前に立っていた。
たぶん、速さだけではない。なにかのスキルか術を使っているような気がするけれど……
とにかく彼女から目を話すまいとする私に、
「素材は、悪くないわ。
ふふ、良い眼をしてるわね」
彼女は魔法陣の刻まれた革手袋をつけた手で、ゆっくり優しく私の頬をなで上げる。
「ありがとうございます。仕事があるので、戻って良いですか?」
「ええ。思った以上に楽しかったわ!
また、逢いましょう?」
彼女は数歩後ろに下り、行っていいというように手を振った。
「……失礼します」
正直彼女に背中を向けたくなかったけれど。
なにかするつもりなら、とっくにされていた。彼女には私に危害を加えるつもりはない。
自分にそう言い聞かせて、猫車を押しながらその場を後にした。
「おかえり、レンガちゃん!
ん? なにかあったのかい、ずいぶん汗をかいているみたいだよ」
お店に戻ると、マリオさんが私の心配をしてくれる。
「配達先で、何かあったのかい?
うちの看板娘になにかやらかしたやつがいたなら、もうそいつは客じゃねえ!
ガツンとやってやるから、ほらレンガちゃん、何でも言ってみな?」
と、かなり鼻息が荒い。
さっきの女性は『猫のパン』も見ていると言っていた。それなら、マリオさんにだってなにかあるかもしれない。
自分のことなら、どうとでもしてみせる。でも、マリオさんになにかあったら、どうしたらいいのだろう。
心配なのか、怒りなのか、不安なのか、恐怖なのか、
私が感情と情報を整理できずなにも言えないままいたら、
ぽん、と。
マリオさんは私の頭に手をおいて、
「まあ、無理に言うこともない。
なにか思い出したら、また教えておくれ」
グリグリと、でも優しく、私の頭をなでてくれたのだった。




