3-3 エビナー侯爵家
2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。
2021年10月02日-字句などを修正。後書きを削除。内容に変更はありません。
2023年2月18日-字句修正、「私の姿」→「私の制服姿」
授業後。
結局、エメラルド様は、学院に来なかった。
一緒に食べようとおもっていた焼きそばパンはまだ手元にあって、その分お腹の中が不足している。
「ユーリ様、こんにちわ」
「あら、レンガちゃん、こんにちは。
なんだか元気がないわね?」
どこか優雅に紅茶の入ったカップを私の方にすすめると、
「ラーちゃんの精油には、私の紅茶も勝てないなぁ。
……どうしたの、なにかあった?」
そう聞かれた声には、控えめな気遣いを感じる。
「いえ、たいしたことじゃ。
あ、そういえば、昨日の夜に旧市街で悪魔に遭遇しました。
それで、先日一緒に考えてみた技を使ったのですが……」
昨晩の一件を思い出し、報告と相談をする。
「ふむ。旧市街にも出たか。新市街から、迷い込んできたかな?」
ユーリ様は、ちょっと目を閉じながら考え込むと、すぐにこちらを見て、
「レンガちゃんが疲れたのは、魔力の使いすぎじゃないかな。制御か、相性か、それは見てみないとわからないけど。
いまから、ちょっとやってみる?」
とお誘いがあった。
「お邪魔かしら? ……あら、いい匂い。
こんにちは、皆様」
そこに、いつの間に来ていたのか、ミイツ様の声がかかる。
挨拶を交わすと、ミイツ様が座りながら言った。
「そういえば、エビナー侯爵のお嬢様が体調を崩されたそうですよ」
「エビナー侯爵の娘さん? エメラルド=エビナー?」
ユーリ様がいうのを聞いて、ドキン、と心臓の音が聞こえた気がした。
耳を象のようにして、お2人の話を聞き逃すまいと集中する。
「ええ。それで、貴族街の西にあるお屋敷は、朝から少し落ち着かないとか。
なにか、栄養のあるものや気をお慰めできるものでもあれば、お元気もでるのでしょうけれど」
……それは、聞き捨てならない。
しまってある焼きそばパンのことを考える。
あれは、栄養はどうかわからないけれど、ずいぶん興味をお持ちのようだった……
「あら、レンガ様、どうかされましたか?
ご用事がお有りでしたら、どうかお気になさらず」
「はい!
ちょっと、急用を思い出しました!
失礼します!!」
ミイツ様の言葉に、渡りに船と挨拶して、取るものもとりあえず学院を出る。向かうは貴族街だ。
王宮の近くに位置し、大きなお屋敷の立ち並ぶ貴族街。慣れない場所に、あたりを見回しながら歩く。
時折巡回と思われる武装した人達と出会うが、こんなときは身分を保証してくれる学院の制服が心強い。
ミイツ様の言葉を思い出しながら貴族街の西の方に向かう。
他のお屋敷より一回りは大きいここが、たぶんエビナー侯爵家のお屋敷。
門に刻まれた紋章が、エメラルド様の持ち物に描かれていたものと同じだ。
「あの、すみません」
門の脇に立つ、警備兵と思われる人に声をかけてみる。
こちらを向いた警備兵さんは、はじめ少し厳しい目をしていたが、私の制服姿を確認すると、優しい笑みを浮かべた。
「どうされました? お嬢さん」
「あの、こちらはエビナー侯爵のお屋敷で間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだよお屋敷のどなたかに、なにか御用かな?」
「ええと、エメラルド様に、お渡ししたいものがありまして……」
そういうと、警備兵さんの顔が少し困ったものになる。
「うーん、今日は少し難しいかもしれないなぁ。
……お嬢さん、お約束はおありですか?」
聞かれて、焼きそばパンが手に入って学院で渡せなかったら持っていくと言ったことを思い出し、答えた。
「はい。昨日、お届けするお約束をしました」
「そうか、約束があるんだね。
……それでは、いちどお屋敷に聞いてみるから、少しだけ待ってもらえるかな」
そう言うと、腰のカバンから通信の魔道具を取り出して、何やら話している。
そうして少しすると、奥のお屋敷から老齢の紳士が現れた。
「はじめまして、お嬢様。
わたくしは、当家で執事を務めます、クォーツと申します」
「突然の訪問、申し訳ありません。
私は学院でエメラルド様と親しくさせていただいております、レンガ=アイセと申します」
緊張しながら答えると、クォーツさんの視線がぐっと柔らかい感じに変わった。
「おお、あなたがレンガ様でしたか。お噂は、エメラルドお嬢様からかねがね。
お嬢様は少し体調を崩されておりますが、レンガ様がいらっしゃったと聞かれましたら、きっとお喜びになりますでしょう。
さあ、どうぞ中にお入りください」
そう促されて、お屋敷の中の一室に案内された。
だいぶ広い。応接室だろうか? でも、肩身の狭くなる豪華さとかは感じない、感じの良いお部屋だ。
「どうぞ……」
トレイを運んできたメイドさんから紅茶をいただく。
「あ、ありがとうございます」
しばらくは口をつけなかったが、……なかなかエメラルド様の姿が見えないので、あまりの手持ち無沙汰にすこしずついただいていく。
すっかり紅茶も冷めるまで待っていると、クォーツさんが姿を見せた。
「レンガ様、たいへんお待たせして申し訳ありません。
お嬢様はまだ体調が思わしくなく、こちらにはおいでになれません」
心から申し訳無さそうに言う声に、残念だけれど無理をさせてしまってはいけないと、それでは焼きそばパンだけでも渡せないか考える。
しかし、その後続いた言葉に、私は驚いた。
「そこで、大変不躾になり恐縮なのですが、もしレンガ様がよろしければ、お嬢様のお部屋までお越しいただけないかと」
え? さすがにそれは……いいのかな?
部屋を見回しながら、混乱する。
それを見て、クォーツさんから、さらに言葉が重ねられた。
「大変失礼なお願いですが、なにとぞ。
レンガ様のお顔を見ることができれば、お嬢様もお喜びになり、お元気になるに違いありません」
そういわれて、エメラルド様が元気になるのなら、と頷き、クオーツさんの案内について屋敷の中を進んでいった。
コン、コン……
「お嬢様、レンガ様をご案内いたしました」
ある扉の前まで来ると、クオーツさんはノックをして声をかける。
「どうぞ」
エメラルド様の声が聞こえた。
そして、開けられた扉から中にはいる。
エメラルド様は、薄い服の上から肩掛けを羽織って、ベッドの上に体を起こしていた。
エメラルド様のスレンダーな体の線がわかる。
身体が弱いせいで、細身なのだろうか?
熱もあるのか、少し顔色があかい。
「訪ねてくれて、嬉しいわ。
あら? 今日のレンガ様はおしゃれね、バラの香りがするわ」
どことなく弾んだ声で、そう言った。
「突然訪ねて、ごめんなさい。
でも、約束の品物が手に入ったから」
エメラルド様に近づいて、焼きそばパンを渡す。
「……まぁ!」
それを見て驚いた顔をするエメラルド様。そしてそのあと、楽しそうな笑い声を上げた。
「とても嬉しいわ、レンガ様。
そう、私、今日まだなにも食べていないから、お腹が空いているの。
ラピス、お茶を」
それを聞くと、部屋に待機していたメイド服の女性は、少しの驚きを目に浮かべたあと、満面の笑顔になって2人分の紅茶を入れてくれた。
「……えと、あのぅ……、2人で食べようと思って用意した私のぶんも残ってるんですけど、よかったらご一緒してよろしいですか?」
どうせならと、思いきってそう聞いてみると、
「! ……ええ、食事は一緒に食べたほうが美味しいもの!」
エメラルド様は大変嬉しそうに、涙まで浮かべて笑いながら、快く許してくださったのだった。




