30-1 グリシーヌ家の子
ここは、グリシーヌ家の食堂。
朝食に誘われた私は、グリシーヌ侯爵夫妻とアジィ様と一緒に、パンを食べている。
パンはなんと、今朝買いに行かせたという『猫のパン』のものだった。
慣れ親しんだ、美味しい、いつもの味なのですけれど。
「うん、このクロワッサンも美味しいね」
「こちらのタマゴサンドも、おいしいわ。
はい、あなた。
あーん」
「あーん。
うん、たしかにこれも美味しいね」
グリシーヌ夫妻、イチャイチャである。
「いつもこうなんですか? アジィ様」
「いつもは、こんなふうではないわ。レンガ様」
アジィ様と私は、小声でそんなことを言いながらサラダを食べたりスープを飲んだりしていたのだけれど。
「……、
はい、レンガ様。
あーん」
突然アジィ様がテーブルのパンをつまむと、私の方に差し出してくださった。
「え?」
「レンガ様、あーん」
「……あーん」
パンを差し出しながらじっと私を見つめるアジィ様がなんだか可愛くて、思わず口を開ける。
ぱくり、もぐもぐ、ごくん。
「どう?」
「やっぱり、『猫のパン』は、おいしいです!」
「そう。よかったわ」
にっこり微笑むアジィ様も、なんだかとても愛おしいですよ。
そうしたら、アジィ様は私の方をじっと見ながら、そっと手を伸ばして。
私は、その手を優しく両手で包み込む。
なんだか、すごくドキドキします。
頭に、高鳴る心臓の音が響くかと思うくらいに。
私。アジィ様のことを、もっともっと知りたいと、思う。
私達が、ずっと手を握りながら見つめあっていると。
「あら。うちの娘も、レンガちゃんに食べられちゃうのかしら?」
公爵夫人の言葉に、ドキッとして手を離す。
アジィ様は手を戻して、真っ赤になって俯いていらっしゃる。
「ねえ、レンガちゃん。
いっそのこと、うちの子にならない?」
へ?
言われた意味が、よくわからない。
ん? いえ。前にメリーダ様も、似たようなことを仰っていたような。
貴族は優秀な人材を招くために猶子をとる、って。
でも。
いきなりそんなことを言われても、全く考えが及ばないと言うか。
というか、本気で仰ってるんでしょうか?
アジィ様の方を見ると、相変わらず真っ赤になって俯いていらっしゃる。
私が侯爵夫妻の方を見ると、お2人ともニコニコと微笑んで。
「突然ですまないね。
でも、冗談ではないから。
レンガ嬢が良ければ、学院を卒業したら私達の子供にならないかな?」
「そうなれば、アジィもきっと喜ぶわ。
もちろん、私達も大歓迎。
ぜひ、前向きな答えを聞かせてちょうだい」
侯爵様、奥様と、順に誘ってくださる。
私は困って、目を白黒させてしまう。
もう一度アジィ様の方を見ると、真っ赤な顔のままじっと私を見つめていらっしゃった。
私は。
「……こまります。
! いえ、いやというわけじゃ、ないです。
でも、あんまり突然のお話なので、なにをどう考えて良いかもわからなくて」
私は、とにかく隠し立てせず、思ったことを伝えた。
前に、アジィ様が私に『心を開く』ことを教えてくれたから。だから、今もそうしようと思って。
「私なんかが貴族になってもいいのかな、とか。
貴族のことなんかなにも知らないから、憶えるの大変だろうな、とか。
噂で聞くのは貴族の方々ってお付き合いとかとても大変らしいですから、いきなり貴族になったら、他の貴族の人とかにいじめられるんじゃないかな、とか。
でも、アジィ様と一緒にいれるのなら、きっと楽しそうだから頑張ってみようかな、とか。
『バター』や『ヤキトリ』のことで、ずっと迷惑かけちゃうんじゃないかな、とか。
でも、それもわかって仰ってくれているのだろうから、嬉しいな、とか。
パパやママの残してくれた家とか、リャナもいるしどうしたらいいのかな、とか。
それに、よその子になっちゃって本当にいいのかな、やっぱりなんだか抵抗あるな、とか。
なんだか、色々思い浮かぶんですけれど、全然整理できなくて。
だから、いまは、『ごめんなさい』です」
せっかくお誘いいただいたのに、『失礼な!』とか、怒られちゃうんじゃないでしょうか?
私は恐る恐る侯爵夫妻の方を窺うと、夫妻は真剣な表情になって、私の方をじっと見ていた。
……しばらくして。
「いや、急にこんな事をいいだしたのに、そんなに真剣に考えてくれるなんて。
レンガちゃんは、本当に良い娘だね」
「そうね。
あの方が『聡明』で『素直』で『優し』くて『用心深い』と仰るわけだわ」
「そういえば、レンガ嬢はセティとヒビキのお嬢さんだったか。
それなら、納得だね」
「でも、それならゆっくり考えてくれればいいわ。
私達はいつでも歓迎するから、その気になったらアジィに伝えて」
優しく、そう言ってくださった。
こんな私に、ありがとうございます。
はい、気持ちにお答えできるよう、しっかりと考えます。
……ん?
セティとヒビキ、たしかにパパとママの名前です。
侯爵様も侯爵夫人も、パパとママを、ご存知なんですか!?
「あ、あの!
すいません、セティとヒビキは、たしかにパパとママの名前です。
でも、お2人とも、ご存知なんですか?」
「ああ、学院で一緒に学んだ仲さ。
セティは新しい物好きの優秀なやつでね。どこから仕入れてくるんだっていうくらい、耳が早かったな」
「ヒビキは、学院でずっと私のライバルだったわ。
いつも正攻法で、やりにくかったわね。
でも、話せば実は結構融通がきいてね。
思えば、私はそこに負けちゃったのかもね」
すごく先を見通す俊才だけど足元はどこかおっちょこちょいのパパ、
手堅く足場を築きながらゆっくり確実に結果をだしていくママ、
侯爵様夫妻はいくつものエピソードを教えてくれた。
「お嬢様、レンガ様、そろそろ学院に向かわれるお時間です」
執事のカルセドニさんが声をかけてくれたので、アジィ様と私は侯爵夫妻に挨拶をして学院に向かう。
もっとお話を聞いていたかったけれど。
パパとママの話の続きは、また今度教えていただくことになった。
だって、私には今があるし、考えなくちゃいけない未来もあるから。
私は、馬車の中でアジィ様とずっと手をつなぎながら、グリシーヌ家のお誘いについて考えを巡らせるのだった。
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