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28-4 行商人シンさん

「お嬢様、旦那様がお呼びです」

 メリーダ様を見送った私とアジィ様が廊下を歩いていると。

 私達を迎えに来たらしい、執事のカルセドニさんから声をかけられた。


「なにかしら?

 お父様、入ります」

 応接室に入ったアジィ様は、立ち止まって気をつけの姿勢だ。

 私も倣って気をつけをしながら、そっと中を覗くと、グリシーヌ侯爵夫妻が1人の男性と立ったままお話していた。

 金髪の髪をざっくりと布でまとめ、黒くて丸くて小さい眼鏡をかけた、異国風の衣装のその人は、30歳手前くらいだろうか?


「ああ、お嬢様!

 こちらで会うのは、久しぶりですね。

 侯爵様のご機嫌伺いに参じました。

 お嬢様へのお土産も、ありますよ?」

 そういって、持っている布の鞄から取り出したのは、いろいろな色のちょっとトゲトゲしたきれいな粒。

「どうぞ、いちどお口に」

 どこか戸惑いながらも、差し出されたものをつまんで、口に入れるアジィ様。

「……あまい、です」

「金平糖と申します。

 マヨネーズ侯爵家から秘伝のレシピを入手したので、つくってみました」

「まあ、あのマヨネーズ侯爵家のレシピですか。

 チョコレートやプリンも生み出された侯爵家ですもの、美味しいはずですわ」

「お気に召したのなら、なによりです。

 よろしければ、そちらのお嬢様も、どうぞ」

 私も、差し出されたそれを、口に入れてみる。


「あまい、です。

 それに、形もとても変わっていて、キレイですね!」

「はは、そうそう、そうでなくては。

 女の子には、笑顔がよく似合いますよ。

 私は行商人のシンクロンと申します。

 シンと呼んでください」

 いつの間にか笑顔になっていたらしい私に。

 シンさんは、どこか不思議な微笑みをうかべて、挨拶をしてくれた。

 どことなく風のように飄々とした雰囲気は、確かに行商人っぽい気がします……けど。

「そちらのお嬢さんは、レンガ嬢と言う。

 レンガ嬢、こちらはシンクロン殿」

「私は侯爵様ご夫婦と学院でご一緒した仲で。

 それで、立場をこえて、親しくしていただいてます」

 シンさんがにこやかにそう仰れば、侯爵様と侯爵夫人がどこかぎこちなく頷かれた。


 ははぁ、なにかありますね。

 そもそも、学院でご一緒って。

 グリシーヌ侯爵様って、40歳くらいでしょう?

 歳が合いませんよ。あるいは、すごい若作り。

 とはいえ。

 私も、お世話になっている侯爵様が頷いているのに突っ込むほど、野暮じゃないです。

「どうぞ、よろしくおねがいします」

 私がそういって頭を下げれば、

「こちらこそ、ご贔屓に」

 そういって、にっこりと微笑まれた。


「いやぁ、レンガ殿はきれいな瞳をしてますね。

 そうだ、ちょっとした占いをしてみましょうか。

 少し、覗いても?」

 シンさんがそんな事をいいだした。

 この場合、侯爵様夫妻やアジィ様が止めないのだから、私が止めることもできませんよね。

 まあべつに、そんなに嫌ってわけでもないですし。

「はい、構いませんよ」


「ほほう。この色は、生まれつきですか?」

「はい、そうです。

 っていうか、変わるんですか?」

「なるほど、なるほど。

 ええ、他国の例に、強い魔力を宿したり、精霊と契約したりして、髪や目の色が変わったという伝承があるようです」

 興味深いお話だ。

 それとなくお話を続けて、なにか情報を得られないか聞いてみる。


「あの、そういった人たちは、その後どんなふうに過ごしたんでしょう?」

「そうですね。

 伝わるところでは、勇者や聖女となって国を守ったり、王女と結婚したり、王妃や王太子妃に迎えられたり、逆に魔王になったり、姿を消してしまったり。

 まあ、人それぞれな感じですね」

「魔力が暴走してしまうとか、なかったんでしょうか?」

「そういった例は、なぜか聞きません。

 もっとも、そうならなかった人物の話だけが残っているのかも知れませんから、ないとは言えないでしょうね」

「痕跡とか……」

「魔力暴走の痕跡は、たまに見つかります。

 けれど、たいてい原因はわかっていますし、先程のような事例は……

 ああ、レクト魔導王国では似た例がいくつかあったようですね。

 人間が取り込んだ魔力などを御しきれず、暴走してしまったと思われる事件が。

 もともと備えがあるのか、規模は比較的小規模にとどまるみたいですよ。

 もちろん、公にはされていませんが」

 聞き捨てならないお話ばかりです。


「備えって、なんでしょう?」

「魔法陣で囲んで閉じ込めるとか、魔道具のようなもので縛る、とかですかね?」

「自由が、なくなってしまうんでしょうか?」

「そうかもしれません。

 危険だから仕方ない、そういう考えも普通だと思いますよ?」

「たしかに、そうかもしれません。

 でも、もっといい方法って、ないんでしょうか?」

「私なら、友達になりますね。

 友達なら、そんなに簡単に襲ったりしないし、わがままも聞いてもらえるかもしれないでしょう?」

「……そうでしょうか?」

「レンガ殿の友達を思い浮かべてください。

 簡単に手をあげられますか?

 わがままやおねだりを言われたら、聞いてしまったりしませんか?」


 ああ、たしかに。

 私は、アジィ様やメリーダ様に手をあげるなんて考えられないし、お願いされたら頑張ってしまうに違いない。

「なるほど。そんな方法もあるのですね」

「私も、よくそういった縁に助けられてますから。

 こちらの侯爵様とか、ね」


 シンさんは、そういうと私の瞳を覗くのを止めた。

「なにか、わかりましたか?」

「そうですね。

 レンガ殿が、聡明で、けっこう素直で、好奇心旺盛で、研究熱心で、優しくて、良い娘だって言うことがわかりました」

「なんですか、それ。

 全然、占いになってませんよ!」

「あれ?

 こういえば、けっこう買い物してくれるお嬢さんも多いんですけれどね。

 レンガ殿はさらに、

 しっかりしていて、用心深い、

 ですね」

 シンさんはそういってどこか憎めない笑いをうかべると、侯爵様の方に目を向けて。

「ほら、そんな感じ、誰かに似ていませんか?

 私たちの学院のアイドル、ヒビキに」

 侯爵様と侯爵夫人の顔に、驚きが広がる。

 私も、少し驚いた。

 でた名前が、ママと同じだったので。


「あの、それって……」

「おや、もうこんな時間ですか。

 そろそろお暇しなければ。

 名残惜しいですが、次の約束がありますので」

 私がもうすこしお話を聞こうとするのと、シンさんが帰ると言い出すのが、ほぼ同時だった。

「それは、残念です」

「お約束なら、仕方ありませんわ」

 侯爵様夫妻がそういえば、もう引き留めようもない。

「あの、もっとお話が聞きたいです。

 また、お話してもらえませんか?」

「おや、次の約束をしていただけるとは、嬉しいですね。

 また近いうちに、ぜひお話しましょう。

 約束です」

 思いきって私が声をかけてみると。

 シンさんは、そう答えて私にウインクすると、侯爵邸を辞していった。


 そのあと、私は侯爵様に誘われてみんなで食事をしたけど、お話した内容なんかはあまり覚えていない。

 さっきの話のことで、頭が一杯だったから。

 ただ、侯爵夫妻やアジィ様、執事さんまで皆がやたらと疲れたような雰囲気だったことだけ、覚えている。


 お風呂にはいり、ベッドに横になる。

 パパ、ママ、シンさんという人を、知ってますか。

 もし、知っているなら。

 私、シンさんからパパやママのこと、すこし聞いてもいいですか?

 そんなことを問いかけながら、じっと肖像画を見る。

 肖像画のママは、私と似た瞳の色をしていた。


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