表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/316

28-1 むかしがたり

 グリシーヌのお屋敷で、私の部屋のベッドの上に、アジィ様と私の2人。

 アジィ様が聞きたいと仰ったので、私は座りながら、物語る。

 今までの私のことを。


 私はアカデミーの教授をしていたパパと、神殿騎士をしていたママの娘として生まれました。

 新しいものが好きで、アカデミーから色んなものを家に持ち込んでいたパパ。

 優しいけれど、怒るととても怖かったママ。

 そしてメイドをしていたリャナと過ごした、10年とちょっと。

 でも、その幸せだった日々は、『アレ』が現れて、壊れてしまった。


 たしか、よく晴れた日のことだったと思います。

 アカデミーから急に呼び出しがあって、パパは家を飛び出していきました。

「帰ったら、この前持ってきた魔道具を使って、みんなで一緒にパンを焼いて食べようね」

 そんな、叶わなかった約束をしたことを、憶えています。


 パパはなかなか帰ってきませんでした。

 そのうち、神官さんが神殿からママを呼びに来ました。

「パパかママが帰ってくるまで、扉を開けてはいけませんよ?」

 ママの最後の言いつけを、憶えています。


 ママも、ちっとも帰ってきませんでした。

 あまりにも遅いから。

 私は、ママの言いつけを破って。扉を開けて、神殿にいきました。

 神殿から、アカデミーに行けることも知っていたので。

 パパとママを、探しに行こうと。

 大通りがやけに騒がしかったことを、憶えています。


 そこから。しばらく、記憶がありません。

 ただ、老齢の女性に、パパとママは『悪魔』を止めるために亡くなったのだ。

 そう聞かされたことを、憶えています。

 私は、『宝具』を受け取って、家に帰りました。

 これは私のものだと。私が持つべきものだと言われたのを、憶えています。


 私は、家でこれからどうすればいいか考えました。

 リャナがずっと私の相手をしてくれていたことを、憶えています。

 間もなく、パパとママがずっと楽しみに待っていた、学院に行ける日が来て。

 私は学院に通うようになりました。

 いつか私にパパとママが亡くなったことを教えてくれた人が、涙を流しながら迎えてくれたことを憶えています。


 そして、学院に通う日々。

 でも、アカデミーも神殿も近いのに、そこにはパパとママがいなくて。

 それで私は、パパとママを奪った『悪魔』を狩ろうと決めました。

 ただそれだけを考えて冒険者ギルドに行った日のことを、憶えています。


 冒険者になって、とにかく怪しい依頼を受け、悪魔を探すついでに魔物を狩り続けました。

 冒険者になろうとしたときにギルドの人に止められたこと、いきなり狩りの依頼を受けようとして叱られたこと、なんとかベテランのパーティに入れてもらって初めて狩りに参加したこと、『宝具』をつかって驚かれたこと、ただ『アレ』を狩ることばかり考えて次第に疎まれたこと、1人で狩りをするようになったこと、最後に参加したゴブリンの掃討戦でギルドが想定していた以上の集団を壊滅させて渾名をつけられたこと。

 そして、いくら冒険者として『アレ』を狩り続けても、もうパパやママが私の頭を撫でてくれることはないのだと気付いて、絶望したことを憶えています。


 雨の中、家に帰る途中。

 マリオさんがいきなりパンをくれて、「うちで働かないか」と誘ってくれました。

 今思えば、雨の中とはいえ、魔物の返り血もどれだけ流れ落ちていたかわかりません。

 血まみれで傘もささず雨の中を歩く無表情な女の子、よくそんなものに声をかける気になったものだと思います。

 口に入れたパンは温かくて甘くて。どこかパパとママと皆で食べた食事を思い出したことを、憶えています。


 マリオさんのパンを食べながら過ごす日々は、どこかパパとママのいた頃を思い出して。

 パンを運んで色んな人に出会うたびに。

 世界にはこんなに多くの人が居て、そこにはたくさんのパパやママや私がいる。

 だから、私はまずそんな人達を大事にしたい。そんな事を考えたのを、憶えています。


 思えば、この頃からでしょうか、リャナを喚ばなくなったのは。

 入れ替わるように、ユーリ様の『研究会』に誘われました。

 ママが仕えていたかもしれない神殿の巫女様に、たしか「悪魔と向かい合うためにご一緒しましょう」と誘われて。

『研究会』の皆様が優しく迎えてくれたこと、ただ巫女様が思った以上に掴みどころのない妙な人だったことを、憶えています。


 そして、パンを食べ、パンを運び、学院に通い、たくさんの大事な人や物が出来ました。

 それでも『アレ』を求め続けて、それである晩『アレ』に出会い、その跡を追って『銀月』の皆さんと出会い、サファイア様と出会い、『ヤキトリ』と出会い、レクトの魔導騎士と出会い、『バター』と出会って。

 まあ、レクトの魔導騎士との出会いとかは、良いものとはいい難いかもですけれど。


「それで、今レンガ様は私の隣にいるのね」

 私とアジィ様は、手と手を握りながら、ベッドの中。

 いつの間にか、窓の外には薄日が射し始めています。


「私、予科で初めてレンガ様を見た時、人形のような人だと思ったの。

 綺麗だけれど表情もないし、言動もどこか人として欠けたところがあるように思えて。

 だけど、自信のあった勉強でも運動でも勝てなくて。

 私、人じゃないものに負けたのだと思って、悔しかったし、少し怖かったわ」

 こんどは。アジィ様が、優しく静かにお話してくださる。

「それが、いつの間にかだんだん微笑うようになって。

 ちょうど、アルバイトを始めたと聞いた頃からだったと思うわ。

 私、運動や勉強ばかり負けずに頑張っていたら、いつの間にかレンガ様の笑顔の虜になる方が増えていて。

 成績ではレンガ様に勝てるようになったけれど、いつの間にかレンガ様のほうが私より学院の皆に好かれるようになっていたのよね」


 そんなことはない。

 顔を上げてそう言おうとしたら、アジィ様の顔が私の前に寄ってきて、そのまま唇が私の額に触れる。

 それは、そっと触れるような優しさだった。


「うふふ、レンガ様に自覚がないのはわかっているけれど。

 ここは私の言うことを信じてほしいですわ? レンガ様。

 そうでないと、レンガ様に惹かれる私もなくなってしまうもの」

 そのまま唇が離れると、いたずらっぽくでもどこか色っぽいアジィ様の微笑む瞳が目の前にあって。


 私の手を取るアジィ様の指に力が籠もり、私も思わず繋いだ手をギュッと握る。

 アジィ様はもう1度、今度は私の頬についばむような口吻をすると。

「そういうことなら。

 私はレンガ様を必ず笑顔の日々にお連れしますね。

 さあ、起きて着替えましょう」

 アジィ様は私の耳元でそうささやいて立ち上がり、私の手を引いてくださったのだった。

興味を持っていただけたり、応援をいただけるようでしたら、ぜひブックマーク・評価・感想などをいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ