27-2 魔導騎士を退けたら
身だしなみを整えて、メリーダ様と応接室に来ると。
中には、ガゼルさん、ジャロ師、フェイ様。
そして、あとからクォーツさんを伴ってエビナー侯爵様が入ってこられた。
皆の視線が私に集中する中、最初に口を開いたのは侯爵様だった。
「レンガ嬢、おはよう。
目覚めはどうかな?」
「おはようございます、侯爵様。
私は元気です。
たぶん、いつもどおりだと思います。
体もどこも痛くないですし、頭もたぶん大丈夫ですし。
『ヤキトリ』と、取り込んだあの虎『バター』も、私の中で大人しくしています」
「今度は、『バター』か!
レンガ嬢に取り込まれるものは、相応の覚悟をする必要がありそうじゃな!」
私の言葉に、ジャロ師が吹き出しながらそう言い、
「異物を取り込んでしばらくしても拒絶反応がないのなら、余程の刺激がなければ安定しているでしょう。
いや、魔導騎士の例をそのまま当てはめられるとも思わないが、よろしければ参考にしていただきたい」
ガゼルさんが笑みを浮かべてそう言った。
「うむ。
目が覚めても魔力に乱れは感じられない。これなら大丈夫そうじゃな。
良かったの、メリーダ嬢ちゃん」
それからジャロ師もホッとした表情を浮かべたあと、メリーダ様を見てウインクをした。
「まずはレンガ嬢。
あの虎、いや『バター』から皆を守ってくれた礼を言う。
助かった。
あのままでは、皆が『バター』に食われておっただろう」
侯爵様に頭を下げられて、私はあたふたしてしまう。
「いえ、あの、そんな。
私は精一杯のことをしただけで。
あ、それより。お屋敷の皆様は、お怪我とかいかがでしたか?」
「自分のことより、皆を心配してくれるか。
レンガ嬢は、優しいな。
大丈夫、ガゼル殿のお力添えで、死者はおらん」
え!?
あれだけの戦い、建物もあんなに壊れて、誰も死んでいないなんて。
それはそれで、ちょっと信じられません。
説明を引き継ぐように、ガゼルさんが口を開く。
「私の主から、預かりものをしてね。
それから、レンガ嬢によろしくと、言付かった。
まさかレンガ嬢が我が主と親しいとはね。びっくりしたよ」
そのとき、ガゼルさんは見たこともない真剣な表情で私を見て。
その言葉に、フェイ様がすごく驚いた表情でガゼルさんと私を見る。
うーん。フェイ様には、シリル様のことを、今度きちんと説明しなきゃダメそうです。
「いや、ガゼル殿が届けてくれたのは、全く目を疑うほどの効果を持った、回復の魔法薬だったな。
そのあと、持てるものを持って、皆でこの館に引っ越しだ。
あちらの屋敷は、いちど解体して早急に建て直さねば」
そこで侯爵様は1度言葉を止めると。
「それについて、陛下から見舞いの言葉を頂いた。
そして、今晩いちど王宮に顔を出すようにもいわれておる。
それで……」
侯爵様が言葉を続けられたとき。
「魔力震?
何者かが、この館に転移してくる!
誰だ、痴れ者め!」
ジャロ様が突然警告を発すると、短杖を掲げた。
直後に、窓ガラスがビリビリと鳴り始める。
まさか、レクトの魔導騎士がまた来たとか!?
私はメリーダ様を庇うように1歩踏み出す。
その直後、館の周りにあった魔力壁が割れて、前庭に現れる強い魔力。
そしてその強い魔力はそのまま応接室の窓の向こうまで近づき、
「突然の来訪、申し訳ない。
ヒューゴですじゃ。侯爵様はおいでかな?
件の娘の様子はどうかと、駆けつけたのだが……」
窓の向こうに姿を表したのは、長い髭を蓄えた老人。ゆったりとした服を着ていて、体型はよくわからない。
あれ、あの服、確か宮廷魔術師のものじゃ? すこしちがうかな?
「ヒューゴ殿を寄越してくださるとは、陛下もずいぶん気にかけてくださっているのだな。
それならば、ひとまず安心だ。レンガ嬢は無事に目を覚ました。
まずは、あちらの扉から館の中に入られよ」
侯爵様が、私を紹介するかのようにそう言うと、ヒューゴ様を館の中へと招く。
ヒューゴと呼ばれた老人は、応接室まで来ると私をしげしげと見ながら、
「そうか、それはよかった。
君が、レンガ嬢かな?
……たしかに、魔力に乱れなく、安定しておるようだ。
無事に目を覚ましたようで、なにより、何より。
私は宮廷魔術師長を任されている、ヒューゴと言う。
陛下や巫女様からも、レンガ嬢の話は色々と聞いておる。
まあ、この様子なら、確かにさしあたり心配無用のようだな。
とはいえ、治療を仰せつかっているから、しばらくお付き合い願いたい」
そして、私や皆を見回して、ホ・ホ・ホと笑い、
「しかし、これでは転移はやりすぎたな。申し訳ないことをした。
私が修復を……」
「こりゃ、ヒューゴ師。儂がおるのに、でしゃばりすぎじゃ。
儂を給料泥棒にする気か?」
ヒューゴ様の言葉に、ジャロ師が笑って短杖を振る。
するとまたたく間に館の魔力壁が元通りになった。
「相変わらず、見事なものだ。
ますます腕が冴えたのではないか?」
「いや。
昨日の一件で、儂はまだまだ力不足じゃと痛感したよ」
ヒューゴ様とジャロ師が話すのを見ていると、お2人ともずいぶん親しい関係なのだなと感じた。
そして、しばらく会話が続いた後。ふと、ヒューゴ様が仰った。
「しかし、レンガ嬢。
そなた、私とどこかで会ったことはないかな?
その顔に、どうも見覚えがあるような気がするのだが」
うーん?
私は、ちょっと記憶にないですね。
「すいません、お会いしたのははじめてだと思います。
でも、私は学院に通っていますので、ご来訪があればどこかですれ違っているかもしれません」
私がそうこたえると、
「なるほど、そうかもしれんな。
いや、変なことを言って、悪かった。
儂も、この年になると出会った人間の数が多すぎてな。情けないものよ」
などと仰りながら、カ・カ・カと大笑された。
エビナー館で歓談が続く。
しばらくすると、侯爵様は私に、忘れていたとばかりに仰った。
「そうそうレンガ嬢、先程途中になった話だ。
儂は今晩王宮にいかねばならんし、昨日の戦いの後始末でしばらくはこの館も落ち着きそうにない。
それで、だ。
ランベル伯爵には、このあと執政官殿に面会するため、儂と共に王宮へとお越しいただきたい。
そしてレンガ嬢には、レクトとのことが片付くまで、グリシーヌ侯爵家にいちど移ってもらえないだろうか?」
「……はぁ?
お父様、私はやはり、レンガ様にはこのままエビナーの館に留まっていただいたほうが良いと思います。
レンガ様はまだお疲れでしょうし、新しい環境では気持ちなどが色々と不安定になることもあるかもしれません。
ここなら、もう見知った顔も多いですし、ゆっくりと安心して過ごせるかと思います。
それに、ヒューゴ様もいらしてくださったのですし、レクトやらなにやらが暴れても、他所などより余程安全かと思います。
グリシーヌ邸もたしかに安全でしょうけれど、聖都の中でここより王宮にも近いですわ。王のお側をお騒がせすることにでもなっては、恐れ多いことでございます」
侯爵様の言葉に、メリーダ様は眉を上げて反論された。
メリーダ様の激しい反論に、侯爵様はじめ屋敷の皆様は、一様に驚いた顔をされたが、
「メリーダ、ここでは漏れなく警戒するに広すぎる。
ヒューゴ殿も王宮での用もあろう、常に張り付いてもらうわけにもいかん。
何より、メリーダはあちらの屋敷での出来事を見ておらん。
ここを強化するより、グリシーヌ邸に移った上であちらを強化するのが良いのだ」
そういいながら侯爵様がヒューゴ様の方を見やると、ヒューゴ様は重々しく頷かれた。
「それに、だ。
あちらにはアメジスト嬢もおられるのだろう?
それなら、レンガ嬢のことはおまかせできよう」
「それが問題なのです。
なぜ、よりによって……」
メリーダ様を見据えながらお話された侯爵様に、まだ不満げに答えるメリーダ様。
「どうしたんじゃ、メリーダ嬢ちゃん。
今日はえらく聞き分けが悪いのう?」
冗談めかしてそう仰るジャロ師は、どことなく気遣わしげだ。
「レンガ嬢ちゃんに、ずいぶんご執心のようじゃな?」
「当然です。
……親友、いえ、それ以上なのですから!」
うわぁ!
メリーダ様にそこまで言っていただけるなんて。
私も、気持ちに応えていきますよ!
ああ、でも。それでも。
グリシーヌ家ってどこかで聞いたことがあると思いましたけれど、アジィ様のところでしたか。
うーん、アジィ様にご迷惑をかけるのも、申し訳ないですけれど。
だけど、エビナー侯爵の聖都内のお屋敷をあんなにしてしまったのは、結局ヤキトリの力を不用意に使った私のせいなんですよね。
それで建て直しのためにお忙しいエビナー侯爵様のところに居座るとか、さすがにできません。
一生懸命ここに留まれるよう頑張って発言してくださるメリーダ様には、申し訳ないような気もしますけれど。
私、決めました!
「あの、わかりました。
これ以上ご迷惑をおかけするのは、申し訳ありません。
私、グリシーヌ家に行こうと思います」
私が頭を下げると、
「よし、話は決まった。
メリーダ、レンガ嬢がこう言っているのだ。良いな?
だが、何かあればいつでも我が家を訪ねるといい。
レンガ嬢に助力を約束したのは、気紛れなどではないからな。
剣を学ぶ件も、忘れてはおらんぞ?
エビナーの家に、レンガ嬢を拒む扉はない!」
侯爵様はそう仰ると、周りを見ながら大笑いされたのだった。
そしてチラとメリーダ様の方を見ると。その顔は死んだ目ですっかり固まってしまわれていた。
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