25-4 エビナー邸でレクトと戦うこと
日が、落ちていく。
貴族街のエビナー侯爵邸には、侯爵はじめ侯爵家の騎士や兵士が武装して居並んでいた。
逆に、従僕やメイドや料理人など、戦闘を専らにしないものは、聖都郊外にある別の侯爵邸に避難している。
メリーダ様も、その1人だ。
剣術師範のフィーファ様を中心にする1隊が、その護衛についた。
メリーダ様はついでに、私が明日の家庭教師をお休みすることを、レオくん達に伝えてくれることになっている。
この件が終わったら埋め合わせをします、ごめんなさい!
そして、私は侯爵様の執務室に設けられた指揮所にいた。
中にいるのは、ほかに侯爵様、フェイ様、ジャロ師、クォーツさん。私をいれて5人だ。
「高度な柔軟性を持ちつつ、臨機応変に対応するんじゃな。
そのための下準備は、できておる。
近隣の諸家には話を通したし、王宮からも言伝いただいているようじゃ。
じゃがまずは、周りに迷惑をかけぬよう、乱暴な客人を屋敷に招き入れるか」
ジャロ師がそう仰ると同時に、屋敷を囲む魔法壁に衝撃が走った。
数瞬こらえたものの、それはまるで割れるように崩壊する。
それとともに、多くの殺気がこちらに迫るのを感じた。
「力に自信があり、実戦経験に乏しい奴らじゃ。
自分たちの力が魔法壁を壊したと思うじゃろな。
あとは勢いのまま屋敷の中までやってきた馬鹿どもを、仕掛けも使って虱潰しにするだけじゃ。
ただ備えねばならぬのは、敵の数はそう多くはないが、それぞれの力が未知数なところじゃの」
「あの、屋敷の外にもレクトの支援部隊とかがあるとかはないんですか?」
私がそんなことを聞いてみると。
「動けるのは、少数じゃと聞いておる。
こんなに大勢の工作員を聖都に潜ませて、気付かれぬ訳がなかろうに。
それが自由に行動など、できるものか。
泳がされていた連中は対策されておるし、だいたいそんな堅実な運用をする奴らとも思えんよ。
さて、連中はどんな様子かの?」
ジャロ師が執務室の机上に置かれた巨大な水晶玉に触れると、その表面に次々と屋敷の中の様子が映る。
あちこちで戦闘が発生しているようだが、よく知った建物内で、敵を邪魔する罠もあって、更にこちらは騎士と兵士が連携をとって相対している。
1人で聖王国の騎士10人に勝ると聞いた魔導騎士も、十分に力を発揮できないようで、ジリジリとした競るような戦いが続いていた。
戦闘開始から1時間も過ぎただろうか。
屋敷の戦闘は、まだ膠着状態が続いている。
「ふむ。
侵入した魔導騎士は、12より増えんか。
そろそろ、次の段階じゃな」
ジャロ様が短杖を振ると、再び屋敷は魔法壁に囲まれる。
それも、戦闘が始まったときのような弱いものではないどころか、いつも屋敷を覆っているものより、一段と強固だ。
「これで、魔導騎士共はもう支援を受けれぬし、増援もない、撤退も叶わん。
あとは明日の朝ほどまでかけて、ゆっくりと料理してやるかの」
「あの、屋敷の外にいるかも知れないのは、どうするんですか?」
「ああ、フェイ殿の情報を流した詫びということで、カムロの連中に掃除をさせることにした。
ずいぶんと綺麗になるじゃろ」
私が思いついて聞いたら、ジャロ氏はそう答えて、ムフフなどと笑う。
そして、更に時が過ぎて。
「おや、奴らがいろんな力を使い出したな。
そろそろ、尻に火がついてきたか」
「あちらの力は、隼ですか。
速さと宙を舞うのは厄介ですが、屋敷の中ではいまいち動きに冴えがないですな」
「あそこのは、ハリネズミですか。
こちらからも攻めあぐねているようですね」
「1人で敵と向かい合うのは辛いものじゃ。魔導騎士とはいえ、心が長くは持つまいよ」
「おお、アレはネズミか。
窮鼠猫を噛むというが、まさか目の当たりにすることに……何が起きた!?」
侯爵様、クォーツさん、フェイ様、ジャロ師と。
皆が戦況をみながら分析をしていた時、侯爵様が突然大きな声を出された。
「ふむ。『黒死鼠』か。
病を撒くわけではないが、発する魔気で徐々に身体を黒く壊死させる。
しかし、それも本来なら、じゃ。どうやらあの魔導騎士は魔気を集中させて、部位壊死を起こせるようじゃな。
これは、なかなか厄介じゃ」
「私が行って参りましょう」
ジャロ氏の言葉に、クォーツさんがそういうと、執事服の襟を正して静かに部屋を出ていく。
しばらくして、クォーツさんが敵と向かい合ったのが水晶に映った。
敵が腕を伸ばすたびにクォーツさんが揺らめくように体を動かしているのは、おそらく攻撃を避けているのだろう。
そして時折クォーツさんが手を動かすと、一瞬のきらめきが横切って、敵の体から血が吹き上がる。
あれは……ペン?
敵の体にきらめきが突き立って、私にはその正体がわかる。
「奴は事務仕事でも、戦いの場でも、ペンを使うのを好んでな。
戦場などでは爆裂魔法を仕込むこともあるが、いまは屋敷に被害を出さんようにしておるようだ。
ほれ、見てみると良い」
侯爵様が指をさす向こうで、水晶玉に映ったのは。
ペンの突き立った敵の腕が、黒く変わっていく。
あれは、まさか敵の技を逆に?
「今回インクの代わりに仕込んでいるのは、毒じゃな。
まさに一刺必殺なのじゃが……」
ペンからインクが広がるように、腕中に黒が広がっていた敵が、肩から腕をまるごとむしり取ると。
力んだように見えた直後、身体から新しい腕が生えてきた。
「あれは、蜥蜴か?
であれば代えの効かぬ身体を狙いたいが、護りが厚いか。
……なるほど、手足を生やすことも容易ではあるまい。
繰り返させて、魔力切れを狙うようだな」
「クォーツの手持ちのペンの数が足りるかじゃな。
まあ、いくらでも湧いてくるように忍ばせている奴のことじゃ、そうそう尽きることはあるまいよ」
侯爵様とジャロ師が、まるで心配ないとばかりにお話している。
「む、あれはいかん」
「亀と、ホウセンカ、か?
本体は硬い甲で攻撃が効かん。
そこから伸びるツルの先、あそこから弾け飛んでいるのはタネか。
鎧を貫通はせん様だが、へこんでいるな。
あれを向きを変えて浴びせられ続けては、戦いは続けられまい」
侯爵様は、置いてあった大金槌を手に取る。
「儂が行こう。
後のことは、ジャロ師、お任せする」
「遊びもほどほどにするんじゃぞ?」
え!?
侯爵様が出向かれるんですか?
いやいや、それはダメでしょう。
「私がいきます!」
「ダメだ。レンガ嬢は客人、ここで見ておられるがよかろう」
私が名乗りを上げるが、侯爵様にあっさりと却下される。
「では、防具をご用意ください。
まんがいち、お怪我があっては……」
続いてフェイ様が、そんな提案をされたけれど。
「散歩に行くのに、鎧を着るものもおるまい。
邪魔になるだけだ、要らんよ」
侯爵様は笑いながら、平服に大金槌のみを持って、執務室を後にされた。
「あとは、ああ、あそこも少々危ないな」
ジャロ師の声に水晶玉を見ると……
6本の腕を自在に動かし、高速で動き回る魔導騎士。
壁を作る侯爵家の兵は、次第にボロボロと崩されていっている。
あれは!
いつかの夜。襲われているフェイ様を、助けた夜。
あの時戦った魔導騎士だ。間違いない!
「レンガ嬢」
見入る私に、ジャロ師の声がかけられる。
「結局、客人を使ってしまうことになり、申し訳ないのだが。
アレの対処を、願えないだろうか?
儂は屋敷に奴らを閉じ込めておくための魔法壁維持で動けんし、フェイ殿にまんがいちがあればレクトの連中の思い通りじゃ。
いま動けるのはそなたしかおらぬ。
このとおり、頼む」
「そんな、頭を下げられなくても!
よろこんで、やっつけてきますよ。
ご安心ください!」
私は笑顔で答えて、宝具を手に取ると部屋を出る。
あいつは、この前のときよりさらにずいぶん速く見えた。
攻撃も複雑で、6本の腕の動きは、正直目で追いきれなかったけれど。
でも、ここでお世話になったみなさんに、少しでも恩を返したかった。
パパ、ママ。
ちょっと、レクトの魔導騎士を倒してきます。
良かったら、少し力を貸してくださいね。
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