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鬼の渡し場――境界の唄  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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第二話「半鬼の血」


---


ハルの左耳が、夜になると痛んだ。


痛む、というのは正確ではないかもしれない。疼く、という言い方の方が近かった。尖った耳の縁が、じわりと熱を持った。そういう夜が、月に何度かあった。


鬼の血が、騒いでいると思っていた。


---


ハルの母は鬼だった。


父は人間だった。父は母を愛した。母も父を愛した。それは本当のことだとハルは思っていた。二人が一緒にいた時間を、幼い頃に少しだけ覚えていた。父が母の手を握っていた。母が父の名前を呼んでいた。


しかし長くは続かなかった。


鬼と人間が一緒にいることを、どちらの側も許さなかった。


人間の側は父を責めた。鬼の側は母を追い出した。


父は責められた後も母と一緒にいようとしたが、母が先に去った。子供のハルを残して。


「お前を人間の側で育てた方がいい」と母は言った。「私と一緒にいれば、お前は鬼の側でしか生きられなくなる。しかし人間の側で育てば、選べる」


「選べるか」と父は言った。


「選べるかどうかは分からない」と母は言った。「しかし選べる可能性がある方がいい」


ハルが七つの時だった。


---


選べたか、というと、選べなかった。


人間の側で育ったが、人間として扱われなかった。左耳が尖っていることを、子供たちは笑った。大人たちは目を逸らした。鬼の血が混じっていることを、誰もが知っていて、誰もが言わなかった。言わないことで、無いことにしようとしていた。


十五の頃に、人間の里を出た。


向こう岸の鬼の土地へ行こうとした。


しかし鬼の側にも入れなかった。


半鬼は鬼でもなかった。


どこへも行けないまま、川の近くをさまよっていた時に、渡し場を見つけた。


番人の老人が、ハルを見た。


「半鬼か」と老人は言った。


「そうです」とハルは言った。身構えた。


「渡し場を手伝ってみるか」と老人は言った。「こちらでも向こうでもない者が、一人くらいいた方がいい」


ハルはしばらく、老人を見ていた。


「なぜ俺でいいんですか」


「なぜお前ではいけないんだ」と老人は言った。


それだけだった。


ハルは渡し場に留まった。老人の下で、舟の漕ぎ方を覚えた。人を渡す時の立ち方を覚えた。


老人は三年後に死んだ。


渡し場の番人の仕事は、ミナが引き継いだ。老人の弟子だった、渡し場育ちの娘が。


---


「耳が痛むのか」とミナは言った。


渡し場の小屋の中だった。夕方、客が途切れた後の静かな時間だった。


「どうして分かる」とハルは言った。


「左手で耳に触れることがある。痛む時に、触れる癖がある気がして」


ハルは自分の手を見た。


気づかないうちに、左耳に触れていた。


「痛む、というより」とハルは言った。「疼く。鬼の血が動いている時に、そうなる」


「いつ動く」


「決まっていない。しかし」ハルは少し考えた。「こちらとあちらの境が揺れる時、動く気がする」


「境が揺れる」


「人間と鬼の間が、緊張する時だ」とハルは言った。「誰かが憎しみを持ってこの川を眺めている時。あるいは、戦が近い時」


ミナは窓の外を見た。川が見えた。今は静かだった。


「今も疼いているか」


「少し」とハルは言った。「北の方で、何かが動いている気がする」


「北の方には、人間の将の軍がいる」とミナは言った。


「知っている」とハルは言った。「名はナギといった。鬼を討伐しながら、南へ向かっていると聞いた」


「ここへ来るか」


「来るかもしれない」とハルは言った。「渡し場は、境の上にある。軍が来れば、この場所は最初の標的になる」


ミナは窓の外を見たまま、黙っていた。


「どうするか、考えているか」とハルは言った。


「まだ考えていない」とミナは言った。「来てから考える」


「来てからでは遅いかもしれない」


「来てから考えても、間に合う」とミナは言った。「私はそういう性質だ」


「楽観的だ」


「楽観ではない」とミナは言った。「来るまでの間に、できることをする。その後のことは、来てから決める。それだけだ」


ハルは少しの間、ミナを見ていた。


渡し場育ちの番人は、不思議な落ち着きを持っていた。川が氾濫しても、嵐が来ても、同じ目をしていた。怖がっていないのではない。怖いが、動じない。その違いが、ハルには最初よく分からなかった。しかし今は少し分かる気がした。


境界の上に生きている者は、揺れに慣れているのだと。


「ハル」とミナは言った。


「何」


「あなたの母親は、鬼の側にいるか」


ハルは少しの間、答えなかった。


「いると思う」とやがて言った。「どこにいるかは、分からない。しかし生きていると思う。鬼は人間より長く生きるから」


「会いたいと思うか」


「思う」とハルは言った。「しかし、会いに行けなかった。向こう岸へ行けなかった時代があった。今は渡し場にいるから、向こうへ渡れる。しかし——」


「しかし?」


「会いに行くと、戻れなくなるかもしれない、と思っていた」とハルは言った。「向こうへ行ったら、こちらへ帰れなくなるかもしれないと」


「帰る場所がなかったから」


「そうだ」とハルは言った。「帰る場所が、なかった」


ミナはハルを見た。


「今は」とミナは言った。


「今は」とハルは繰り返した。


「ここがある」とミナは言った。「渡し場がある。あなたが帰ってくる場所として」


ハルは、ミナを見た。


窓から夕暮れの光が入っていた。橙と金の光が、二人の間を照らしていた。


「会いに行っていいか」とハルは言った。「いつか」


「いつでも」とミナは言った。「戻ってくれれば」


「戻ってくる」


「約束か」


「約束だ」とハルは言った。


左耳の疼きが、少し収まった。


北の方で何かが動いている感覚は、まだあった。しかし、今夜は気にしないでいられた。


川が流れていた。


こちら側と、向こう側の間を。


---


その夜、ハルは初めて向こう岸の鬼の土地へ、一人で渡った。


舟を出し、川を漕ぎ、向こうの桟橋に着けた。


誰もいなかった。


夜の鬼の土地は、人間の土地と似ていた。木があり、草があり、道があった。しかし静かさの質が違った。人間の土地の静かさは、日中の賑わいが眠っているような静かさだった。鬼の土地の静かさは、もっと古く、もっと深い静かさだった。


ハルは一歩、踏み出した。


鬼の土地の土を踏んだ。


何も起きなかった。


当たり前だった。土は土だった。しかし、ハルは少しの間、その土の上に立っていた。


自分の半分が来るべき土地に、初めて立っていた。


戻ろうとした時、向こうの木立の中に、目が光るのが見えた。


金色の目だった。


鬼の目だった。


ハルは立ち止まった。


目は動かなかった。ただ、光っていた。


「誰だ」とハルは言った。


答えはなかった。しかし目は消えなかった。


しばらく、互いに動かなかった。


それから、目が光を弱めた。


木立の中に、消えた。


ハルは舟に戻った。


川を漕いで、こちら側の桟橋に着けた。


ミナが小屋の窓から灯りをともしていた。


ハルはその灯りを見た。


帰ってきた、と思った。


初めて、そう思えた場所があった。


---


(第二話 了)


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