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第77話:大人のオアシス、あるいは極上の飼育部屋

土曜のホテル業務が終わった後、「お疲れ様。今日も寄っていく?」という麻衣さんの余裕たっぷりの誘いを、限界まで疲労していた俺は断りきれなかった。


再び訪れた麻衣のマンションは、やはり俺のボロアパートとは雲泥の差の、広くて綺麗で、大人の女性の甘い香水の匂いがする部屋だった。


前回、ここで関係を持ったあとに逃げるように帰った気まずさがあるというのに、誘われるがままノコノコとついてきてしまった自分の情けなさに、俺は小さくため息をついた。


「適当に座ってて」


キッチンに立った麻衣は、俺の気まずさなど気にも留めない様子で、手際よくフライパンを熱し始めた。

すぐに、にんにくと牛脂の焦げる暴力的なほどにいい匂いが部屋中に充満する。


「お疲れ様。特大の和牛ステーキよ」


テーブルに置かれたのは、完璧な焼き加減の分厚いレアステーキだった。


「いただきます……っ!」


俺は理性をかなぐり捨てて、肉の塊を口に放り込んだ。


「……うまっ!!」


安いサラダチキンや学食の肉とは次元が違う。

上質な脂と赤身の旨味が、限界まで飢えていた細胞の隅々にまで染み渡っていく。


「ふふ、いい食べっぷりね。ゆっくり食べなさい。おかわりもあるわよ」


麻衣はワイングラスを傾けながら、俺が貪り食う様子を嬉そうに眺めている。

腹の底からの「肉飢餓」が、極上の味と大人の包容力によって完璧に満たされていく。


食後。

俺はふかふかのソファで、麻衣の膝の上に頭を乗せていた。


「……んっ」


麻衣の細くて冷たい指先が、俺の髪を優しく梳き、耳の裏や首筋をゆっくりと撫でている。


「最近、ずっと気を張ってたでしょ。顔に出てるわよ」


「……はい。まじで、死ぬかと思ってました」


ヤンデレからの逃亡、キャバクラでの限界営業、魔王の同調呪い。

ボロボロにすり減っていた心と体が、麻衣の大人の余裕と心地よい指先の感触によって、急速に溶けていく。


翔子のような息の詰まる狂気でもなく、ルミのようなハイテンションな着せ替えのオモチャ扱いでもない。

ただただ、「男」として極限まで甘やかしてくれる安全なオアシスがここにあった。


「隆史くんは、少し不器用で可愛いわね。……あんな危険なアパート、もう引き払っちゃえば?」


麻衣の顔が上から近づいてくる。


「ここで、私がずっと養ってあげようか?」


耳元で囁かれる甘く艶やかな声。

額に落ちる、柔らかい唇の感触。


男のプライドも、前回逃げ帰った後ろめたさも、魔法の代償の恐怖も、すべてがどうでもよくなるような圧倒的な心地よさ。


(……もう、一生ここでヒモとして飼われたい)


翔子の待ち伏せも、ルミの呼び出しも届かない、安全で甘すぎる大人の避難所。

俺は完全に堕落していく自分を感じながら、麻衣の温もりと色香の中に深く深く沈んでいった。

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