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第75話:未知のリズムと熱、あるいは存在しない場所の快感

『バビロン』での激動の金曜の営業が終わった、深夜。

着替えを済ませて店の外へ出た俺は、絶望の淵に立たされていた。


「じゃあ貴子ちゃん、私ちょっとおじさんたちと『大人の付き合い』してくるから! 先帰っててねー!」


ルミが、さっきまで接客していた羽振りのいい客と腕を組みながら、上機嫌でタクシーに乗り込もうとしている。


「ま、待ってくださいルミさん! 今日はまっすぐ帰りましょう!? ねっ!?」


俺は必死にルミの腕を掴んだ。

もしルミがホテルに行き、そこで『性的な快感』を得てしまったら、魔王の呪いによってその感覚がすべて俺の体にリンクしてしまう。男としての尊厳を守るための、文字通り命がけの制止だった。


だが、ルミは「もう、貴子ちゃんってば心配性なんだから! 大丈夫だって!」とあっさり俺の手を振りほどき、ネオンの街へと消えていってしまった。


「……終わった」


俺はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。



深夜のアパート。

俺は絶世の美女『小野貴子』の姿のまま、周囲を異常なほど警戒して階段を上がった。


どこかに、あの地味なカーディガン姿の翔子が待ち伏せしていないか。

もしこんな姿で鉢合わせたら、言い逃れは不可能だ。


幸い翔子の姿はなく、俺は息を殺して自分の六畳一間に滑り込み、鍵を二重にかけた。


「……はぁっ」


ベッドに倒れ込もうとした瞬間、下腹部を強烈な尿意が突き上げた。


「またかよ……っ!」


慌ててトイレに駆け込むが、用を足そうとしても一滴も出ない。

俺自身の膀胱は空っぽなのに、遠く離れたルミの生理現象のサインだけが、ダイレクトに脳へ送られてきているのだ。


「出ないのに、苦しい……。なんだこの理不尽な拷問は……っ」


冷や汗を流しながらトイレを出て、力なくベッドに横たわる。

もう限界だ。早く二十四時間のタイマーが切れてほしい。


そう祈りながら目を閉じた、その時だった。


――ぞわっ。


下腹部の奥底で、今まで経験したことのない「未知の熱」が、突然脈打ち始めた。


「……えっ?」


尿意ではない。痛覚でもない。

自分の体の中に、まるで誰かの手が直接入り込んできて、内側の柔らかい部分をゆっくりとかき回しているような、奇妙で落ち着かない感覚。


「ま、待て……! ルミさん、今ホテルで何されてるんだ!?」


脳内で警報が鳴り響く。

そのぞわぞわとした熱は、次第に「一定のリズム」を伴い始めた。


トス、トス、と、自分の内側を何かが規則正しく押し上げてくるような、甘く波打つ感覚。

俺はベッドの上で、思わず体を「く」の字に曲げた。


「あっ……う, あ……っ」


自分はただベッドに横たわっているだけなのに、腰の奥を激しく揺さぶられるようなリズムが、どんどんスピードを上げて押し寄せてくる。


造形魔法によって、今の俺の体は「完全な女」になっている。

男だった頃の器官は削り落されているため、本来そこには何も「ない」はずだった。


だが――存在しないはずの場所から、電流のような生々しい快感が、直接脳髄を焼いていく。


「ちがっ……! 俺の体に、そんな器官、ないはずなのに……ッ!」


理解が追いつかない。だが、リンクしてくるルミの感覚は容赦なかった。

ホテルでルミが感じているであろう、熱と、摩擦と、圧倒的な快楽のリズム。


それが、男の自我を持ったままの俺の肉体に、強制的に「女としての未知の快感」として叩き込まれていく。


「あぁっ……! はぁっ……、んんっ……!」


俺はシーツを強く握りしめ、ベッドの上で激しく身悶えした。

未知の快感に翻弄され、腰が勝手にビクンと跳ねる。止めたいのに、体が勝手に熱を求め、波の頂点へと押し上げられていく感覚。


「やめ、やめろ……! 俺は男だ……っ! こんなの、気持ちいいわけ……ひぅっ!」


否定しようとする言葉は、甘く蕩けた喘ぎ声に変わって消えた。

自分からは何も起きていないのに、遠く離れた場所で誰かが交わっているその感覚だけで、俺の意識は白く染まっていく。


魔王が告げた「究極の尊厳破壊呪い」の真の地獄。

それは、性別すらも超えた未知の快感の濁流に飲まれ、男としての自我を根底からへし折られながら、一人六畳間で絶頂の波に悶え苦しむという、あまりにも残酷な罰だった。

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