第74話:同調の解放、あるいは狂い咲く絶頂の表情
目の前でトクトクとお酒が注がれる音。
チェイサーの水を喉を鳴らして飲むルミ。
さらには、遠く離れた松岡の尿意まで累積され、俺(貴子)の膀胱の感覚は、とっくに限界のその先を突破していた。
「あー、さすがに水分取りすぎたかも! 私、ちょっとお花摘み行ってきまーす!」
ルミが勢いよくソファーから立ち上がった。
俺は救いの神を見た思いで、弾かれたようにガタッと立ち上がる。
「ル、ルミさん! 私も、私も行きます……っ!」
一緒にトイレに駆け込み、ルミが用を足してくれれば、この地獄のリンクから解放される。
俺はすがるような思いでルミのドレスの裾を掴んだ。
だが、ルミは厳しい先輩の顔になり、ピシャリと言い放った。
「ダメだよ貴子ちゃん! 二人揃ってお花摘みに行ったら、お客様が一人ぼっちになっちゃうでしょ? キャバクラのルール、さっき教えたよね!」
「そ、そんな……っ!」
「すぐ戻るから、ちゃんとお客さんの相手しててね!」
ルミは有無を言わさぬ笑顔を残し、カツカツとヒールを鳴らして控室の方向へ消えていった。
俺は絶望の淵に突き落とされ、両太ももをガッチリと閉じたまま、ソファーにへたり込んだ。
向かいに座る羽振りの良さそうな中年男性の二人組が、俺の様子を見てニヤニヤと笑っている。
「なんだなんだ? 貴子ちゃんもトイレ行きたいの?」
「い、いえっ……大丈夫、です……っ」
「顔、真っ赤だぞ? いやぁ、我慢してる女の子って、なんか色っぽいよねぇ」
おじさんたちのセクハラまがいのからかいも、もはや脳を上滑りしていく。
(早く……ルミさん、早く出してくれ……!)
俺はドレスの下で股をギリギリと擦り合わせ、限界を超えた下腹部の圧力に耐え続けていた。
ルミが控室のトイレにたどり着くまでの数分間が、永遠のように感じられる。
――その時だった。
ピンッ、と極限まで張り詰めていた下腹部の糸が、ふっと切れた。
ズシンと重かった膀胱の仮想的な圧力が、一気に、そして猛烈な勢いで抜けていく感覚が走った。
(あ……ルミさん、今、トイレで……!)
遠く離れたトイレでルミが用を足したという事実が、魔王の呪いによって、俺の肉体にダイレクトにリンクしてきた。自分自身の体からは、当然一滴の水分も出ていない。
だが、決壊寸前まで張り詰めていた尿意が「解放」される、あの圧倒的で生々しい感覚だけが、下腹部から脳天へと一直線に突き抜けたのだ。
「あぁっ……!」
限界を超えた我慢からの、急激な解放。
それは俺の脳の感覚を完全にバグらせ、ただの生理現象の解放を、もはや「性的快感」に近い強烈な絶頂感へと変換して全身を激しく揺さぶった。
「はぁっ……あぁ……んっ……」
俺はソファーの上で背中を大きく反らせ、熱い吐息を漏らした。
目の前が白くチカチカする。
全身の力が抜け、ロイヤルブルーのドレスの中で体がだらしなく崩れていく。
漏らしていないのに、頭の中だけが「最高の気分で漏らしている」と錯覚し、甘い痺れが腰の奥を貫いていく。
「……おいおい、マジかよ」
「貴子ちゃん……っ、やばい、めちゃくちゃエロい顔してるぞ……!」
目の前の客二人が、息を呑んで身を乗り出してきた。
無理もない。彼らの目には、さっきまで尿意を必死に我慢してもじもじしていた絶世の美少女が、突然ソファーの上で顔を真っ赤に上気させ、とろんとした潤み目で甘い喘ぎ声を漏らし始めたようにしか見えないのだ。
究極のフェティシズムを目の前で見せつけられ、おじさんたちの興奮と鼻息は、これ以上ないほどに荒くなっていた。
「あ、はぁ……っ、ふぅ……」
俺は荒い息を吐きながら、快感の余韻でガクガクと震える体を、自分自身で必死に抱きしめた。
(なんだよこれ……。漏らしてないのに、漏らしたみたいな快感が押し寄せてくるなんて……! 俺の男としての尊厳、まじでどうなってんだ……!)
魔王の究極の同調呪いは、キャバクラのボックス席という最悪の場所で、俺の精神を完膚なきまでに叩き潰していた。
そして、この「疑似的な絶頂」すらも、これから始まる地獄の二十四時間の、ほんの序章に過ぎないことを、俺は身をもって理解させられていた。




