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第73話:同調のテスト、あるいは累積される我慢大会

魔王から究極の尊厳破壊呪い――他人の肉体を造形すると、二十四時間、相手の生理現象と快感が自分の体に強制リンクする――という宣告を受けた翌日の金曜日。


大学の講義中、隣に座る松岡を見ながら、俺はふと考えた。


(……本当にリンクするのか?)


試してみたいという造形師のサガが疼く。

もちろん、絶世の美女に変えて別の男に抱かれるような、とんでもない快感がリンクしてくる危険な真似は絶対にしない。だが、ほんの少しの変形ならどうだ?


「お前、なんか耳の形ちょっと左右非対称だな」


「は? なんだよ急に」


俺は松岡の右耳に軽く指を触れた。

ほんの数ミリ、耳たぶのラインをシャープに削る。指先にあの粘土をこねるような感触が走り、形が定着した。


「……ん? なんか今、耳引っ張ったか?」


「いや、気のせいだろ」


松岡の反応は小さい。やはりミリ単位の変形なら、本人にも違和感はないようだ。


数十分後、松岡が「ちょっと便所」と席を立った。

その瞬間、俺の下腹部にも『ツン』とした軽い尿意が走った。


(……なるほど、これか)


だが、我慢できないレベルではない。ただ「あ、あいつ今トイレ行ってるな」と遠隔で分かる程度だ。


(この程度の小さな変形なら、リンクする生理現象も大したことはない。これなら問題ないな)


俺は完全に油だんしていた。

この同調呪いの本当の恐ろしさを、まだ理解していなかったのだ。



その日の夜。

俺は絶世の美少女「小野貴子」の姿になり、高級キャバクラ『バビロン』の控室にいた。


隣の席では、ルミが鏡を見ながら深いため息をついている。


「はぁ……昨日、自分の客と飲みすぎちゃってさ。顔、めっちゃ浮腫んでる。これじゃテンション上がんないよー」


見れば、確かにルミのまぶたは少し腫れぼったく、いつもの完璧なギャルメイクが乗らなそうだ。

俺は自分の手元を見た。


(昼間、松岡に使ったばかりだが……立て続けに複数人にも使えるのか?)


テストの絶好の機会だ。俺は「貴子」の可憐な微笑みを浮かべ、ルミに近づいた。


「ルミさん、目の腫れを治すツボ、知ってますよ。少し押しましょうか?」


「えっ、マジ? 貴子ちゃんお願い!」


俺はルミのこめかみの下に両手の親指を当て、そっと力を込めた。

ツボを押すふりをしながら、『造形魔法』の魔力を流し込む。


むにり、と皮膚の下の水分と脂肪を押し流し、まぶたの腫れをきれいに散らして、ルミ本来のぱっちりとした二重のラインを強調するように整えた。


「わっ……!? なになに、なんかスッキリしてきた!」


俺が手を離すと、ルミは鏡に顔を近づけて目を見開いた。


「うそっ! 腫れが完全に引いてる! しかもなんか、昨日より目力アップしてない!? 貴子ちゃん、すごすぎるんだけど!! 神の手じゃん!」


「ふふっ、よかったです」


ルミが大はしゃぎするのを見て、俺は内心でガッツポーズを決めた。


(複数人でも同時に使えるのか。しかも、形を良くしてあげればこんなに感謝される。生理現象のリンクさえ気を付ければ、最高の力じゃないか)


だが、その余裕は一瞬で消え去った。


「あー、スッキリしたら喉渇いちゃった。お水飲も」


二日酔いのルミが、ペットボトルの水をゴクゴクと飲み干した。

その瞬間――俺の膀胱に、ズシン! と強烈な重みが落ちてきた。


「……っ!?」


俺は思わず太ももを擦り合わせるようにして、身をよじった。


やばい。昼間、松岡がトイレに行ったときの比ではない。今すぐトイレに駆け込まないと決壊しそうなほどの、猛烈な尿意だ。


(ま、待て……なんでこんなに強いんだ!?)


脳裏に、魔王の笑い声が響いた気がした。


――気づいたか、小僧。


俺は戦慄した。松岡の耳。ルミのまぶた。一つ一つは小さな変形だ。

だが、魔法の代償である『同調リンク』は、対象者が増えれば増えるほど、俺の肉体に「累積」されていくのだ。


松岡の尿意と、ルミの尿意。

二人の生理現象が、一つの膀胱(今は貴子の体)に足し算されて容赦なく押し寄せてくる。

しかも、ルミは二日酔い解消のために、さっきから緑茶やスポーツドリンクをパカパカと飲み続けている。


「うあぁ……っ、ル、ルミさん、私、ちょっとお花摘みに……っ!」


俺が内股で立ち上がろうとしたその時、無情にも黒服の呼び出しがかかった。


「貴子ちゃん、ルミちゃんと一緒に5番テーブルお願いね」


「はーい! 行くよ貴子ちゃん!」


「えっ、あ、ちょっ……!」


ルミに腕を引かれ、俺は両膝をガッチリとくっつけたまま、生まれたての子鹿のように震える足取りでフロアへと連行された。



案内されたボックス席。


「いらっしゃいませぇー! 貴子ちゃんとルミでーす!」


ルミが元気よく隣に座る。俺も必死にオードリー・ヘップバーンのような可憐な微笑みを顔に貼り付け、ソファーに浅く腰掛けた。


だが、その実態は、限界まで尿意を我慢しているだけの硬直状態だ。


「おっ、すげえ美人だな! 貴子ちゃんっていうの? よろしくね。……じゃあ、とりあえず水割りで作ってよ」


「かしこまりました……っ」


俺は震える手でアイスペールを引き寄せた。

グラスに氷を入れる。カチャ、カチャ、という小気味よい音が響く。


普段なら何でもない音だ。だが、極限まで尿意が高まっている今の俺にとって、氷が触れ合う涼しげな音は、膀胱を直接刺激する悪魔のささやきに他ならなかった。


(……やばい、氷の音だけで……っ)


俺は太ももをギリギリと擦り合わせながら、マドラーでステアする。さらに、チェイサー用のミネラルウォーターをグラスに注いだ。


トクトクトク……。流れる水の音が、耳から脳へ、そして下腹部へとダイレクトに突き刺さる。


「ひぅっ……」


「ん? 貴子ちゃん、どうしたの?」


「い、いえっ、なんでもありません! お水、きれいに注げたなって……ふふっ」


俺は顔を引きつらせながら、必死に取り繕った。だが、追い打ちをかけるように、隣に座るルミが黒服に声をかけた。


「あ、私ウーロンハイね! あと、二日酔いだからチェイサーのお水、ジョッキでちょうだい!」


(ル、ルミさん、やめてくれ……!)


俺の心の叫びも虚しく、ジョッキになみなみと注がれた水が運ばれてくる。ルミはそれを手に取ると、ゴクゴクゴクッと喉を鳴らして半分ほど一気に飲み干した。


その瞬間。ズシンッ! と、俺の下腹部に新たな水分の重みが追加される感覚が走った。


「ああっ……!?」


俺は思わずソファーの上で身をよじり、両手でドレスのスカートの裾をギュッと握りしめた。

ルミが水を飲むたびに、俺の膀胱のキャパシティが仮想的にガンガン削られていく。


「いやー、美味しいお酒だね。貴子ちゃん、水割り作るの上手いよ。手先が繊細というか」


「あ、ありがとう、ございます……っ。お口に合って、よかったですぅ……」


笑顔の裏で、俺は地獄の業火に焼かれていた。


目の前でトクトクとお酒が注がれる水音。隣でルミがジョッキの水を飲み干す音。

そして、遠く離れた大学か自宅にいる松岡も何かを飲んでいるのだろう。時折、ルミとは違うベクトルからの「ツン」とした尿意の波が押し寄せてくる。


二つの異なる尿意の波状攻撃。

俺はお酒を作りながら、両膝をガクガクと震わせ、内股の極地みたいなポーズで必死に耐え続けた。


自分がいかにトイレに行きたくても、リンク元であるルミ(と松岡)が用を足してくれない限り、この苦しみは永遠に消えないのだ。


(早く……ルミさん、早くトイレに行ってくれ……! 私の尊厳が、決壊してしまう……ッ!)


魔王の究極の同調呪いは、キャバクラという水商売の最前線において、俺の精神を限界突破の我慢大会へと強制参加させていた。

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