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初めての日払いと唐揚げの行方、あるいは帰れない部屋

アリサの特大地雷を踏み抜いてしまった俺だったが、その後の営業は思いのほか平穏だった。


見かねた黒服のスタッフが、「貴子ちゃん、今日はもうルミちゃんと一緒に回って」と気を利かせてくれたのだ。


ルミと一緒のボックス席は、俺にとっては完全に「安全地帯」だった。ルミが持ち前のギャル力で場を回し、俺は隣でニコニコしながらお酒を作るだけ。時折ルミが「うちの貴子ちゃん可愛いでしょー!」と客に自慢し、俺に抱きついてくるスキンシップをいなす必要はあったが、アリサの時のようなヒリヒリした緊張感はなかった。


何より、唐揚げをドカ食いしたおかげで肉飢餓が収まっていたのが大きい。


こうして、俺の「本入店」初日は無事に終わりの時間を迎えた。


営業終了後。ドレスを脱ぎ、出勤時にルミに借りたサマーニットとタイトデニムに着替えた俺は、事務所で店長の佐藤さんから日払いの封筒を受け取った。


「お疲れさん。初日から水黒さんの本指名ゲットとは大したもんだ。期待してるよ」


「ありがとうございます……」


更衣室に戻り、こっそり封筒の中身を覗き込む。


一万円札が一枚と、千円札が数枚。ざっと計算して、一万四千円ほど入っていた。


(おおっ……!)


体験入店の時にもらった四千円とは、重みが違う。時給三千円にアップした基本給と、水黒さんの指名料が乗っているのだ。これで当面の肉代と、古着屋での出費の赤字が埋められる。


俺はほっと胸を撫で下ろしたが、同封されていた明細のレシートを見て、ふと首を傾げた。


(……あれ? 唐揚げのバックが入ってないな)


大田さんの席で、俺は体を張って唐揚げを三皿も注文させたはずだ。フードのバックが数百円くらいはついているだろうと期待していたのだが、明細にはそれらしい記載が一切ない。


「どうかしたの、貴子ちゃん?」


隣で着替えていたルミが、明細を睨みつける俺を見て声をかけてきた。


「ルミさん……キャバクラって、お客さんが頼んだフードのバックとかって、つかないんですか?」


「つくよ? でも、それって『自分の指名客』の場合だけだよ。ヘルプでついた席のオーダーは、全部その席の『本指名』の女の子の売上になるの。それがバビロンのルール」


「…………えっ」


「だから、貴子ちゃんがいっぱい頼ませた唐揚げのバックは、全部アリサの成績になってるはずだよ」


俺は絶句した。


胃袋の限界と戦いながら、あの強烈な肉飢餓の底で必死に「あぁん」営業までして勝ち取った三皿の唐揚げ。その売上が、よりによって俺を控室で説教したアリサの懐に入っているなんて。


(夜の世界、シビアすぎるだろ……!)


中身が男の隆史としての俺は、キャバクラの容赦ないシステムに心の中で血の涙を流した。


店を出ると、夜風が少しだけ冷たかった。


ルミと一緒にエレベーターを降りながら、俺はふと現実的な問題に直面した。


(……さて、今日、どこに帰ろうか)


本来なら、自分の下宿である六畳一間のアパートに帰りたいところだ。


だが、今の俺にはそれができない。


俺はほんの少し前、あの完全にヤンデレ化した翔子の部屋から、手足を縛られた「美少年の弟」の姿で命からがら逃げ出してきたばかりなのだ。


逃げた美少年を探して、翔子が俺の下宿のドアの前で、血走った目で待ち伏せしている可能性は極めて高い。


もし絶世の美女「小野貴子」の姿で帰って鉢合わせれば、「あなたは誰ですか? 弟くんをどこへ隠したの?」という血みどろの修羅場になる。かといって、変身を解いて「小野隆史」の姿で帰るにしても、今ここで変身を解くわけにはいかないし、万が一、変身が解ける瞬間を見られたら完全にアウトだ。


「貴子ちゃん、今日この後どうするの?」


俺が立ち止まって悩んでいると、ルミが当然のような顔で俺の腕に絡みついてきた。


「えっと……」


「うち来るっしょ? 貴子ちゃんの私服、まだ私の部屋で洗ったままだし! 朝まで語り明かそ!」


そうだ。お好み焼きの匂いが染み付いていた俺の私服(白いブラウスと青いスカート)は、出勤前にルミが洗濯してくれたため、まだルミの家の洗濯機の中だ。今着ているサマーニットとタイトデニムも、出勤前にルミが貸してくれたものだった。


自分の服を取り戻すためにも、今の俺にはルミの家に行くという選択肢しか残されていなかった。


「……はい。お邪魔します、ルミさん」


「やったー! コンビニでお酒とおつまみ買っていこ!」


はしゃぐルミに腕を引かれながら、俺は小さくため息をついた。


財布は少し潤ったが、俺の安息の地は、ますます遠のいていくばかりだった。

書き置きなくなりまいした。しばらくお休みいたします。

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