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アリサの説教、あるいは52センチの代償

大田さんと村田さんをエントランスで無事に見送った直後だった。


営業スマイルを浮かべていたアリサの顔からスッと表情が消え、彼女は俺の細い腕をガシッと掴んだ。


「ちょっと来なさい」


「えっ、あ……」


有無を言わさぬ強い力で、俺はそのままフロア裏の控室へと引っ張っていかれた。


他のキャストがいないことを確認してドアがバタンと閉まると同時に、アリサが振り返って俺をキツく睨みつけた。


「……なに、今日の接客」


「あ……すみません」


「下品にもほどがあるわ。うちは高級店なのよ? キャバ嬢が唐揚げをむさぼり食うなんて、私達まで格が下がってしまうでしょ。私があなたをヘルプに入れた意味、全然わかっていないのね」


アリサの口調は抑えられていたが、目は明らかにキレていた。


怒りの理由は「下品な接客」ということになっているが、中身が男である俺には痛いほどわかっていた。


(……絶対、俺が52センチのスタイルを自慢したことに腹が立ってるんだろうな)


同じワインレッドのドレスを着る女としてのプライド。それを、無神経な数字の暴力で粉々に打ち砕かれたからこその怒りだ。だが、もちろんそれをバカ正直に指摘するほど、俺も空気が読めないわけではない。


ここはただ申し訳なさそうに俯き、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。


その重苦しい沈黙を破るように、控室のドアが少し開き、黒服が顔を出した。


「アリサ、指名入ってるけど」


「……もう少し待って」


アリサは黒服に冷たく応じると、再び俺に向き直り、氷のように冷たい視線を投げかけた。


「貴子。あなた、ここで働くなら、周りにあわせてね」


それだけ言い捨てると、アリサは鏡の前で手早くウォーターフォールの髪を整え、カツカツとヒールを鳴らして控室から出ていった。


残された俺が(怖かった……)と小さく息を吐き出していると、入れ替わるようにして見慣れた赤いドレスが飛び込んできた。


「貴子ちゃん、大丈夫!?」


ルミだった。


「……ルミさん」


「アリサとすれ違ったけど、すっごい怖い顔してたよ。どうしたの?」


ルミが心配そうに隣のパイプ椅子に座り込んでくる。彼女の甘い香水の匂いと、気を許せる距離感に、俺は少しだけホッとした。


俺は今しがたあったこと――あまりの空腹に唐揚げをドカ食いしてしまったこと、そして大田さんにウエストを聞かれて、つい自慢げに「52センチです」と答えてしまったことを、素直にルミに報告した。


「あちゃー……」


事情を聞き終えたルミは、頭を抱えて天を仰いだ。


「唐揚げの件もアレだけど、完全に数字のほうがアウトだね。アリサ、自分のプロポーションにすっごい自信持ってるから。そんなこと言ったら、確実に恨み買っちゃうよ」


(やっぱりそうなのか……)


俺の造形師としての完璧主義が生み出した「52センチの極限ライン」は、夜の蝶たちにとって、触れてはならない絶対的な地雷だったのだ。


自分の造形への自負が招いた想定外のトラブルに、俺はワインレッドのドレスの裾をギュッと握りしめた。

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