ふれあい動物園と52センチの地雷
三皿目の唐揚げを平らげたところで、ようやく俺の内臓を掴み上げていた猛烈な飢餓がおさまった。
本当に助かった。命の恩人だ。
俺が唐揚げを次々と吸い込むという異常な「あぁん」営業だったにもかかわらず、大田さんの方もなぜか満足げに目を細めている。
ここは、少しサービスしてやるか。
肉という名の燃料を満タンに補給した俺は、スッと大田さんの隣に身を寄せた。
「ありがとう。ごちそうさまです」
俺は大田さんの首に細い手を絡め、耳元に顔を寄せて、もう一度だけ熱っぽい吐息を混ぜて囁いた。
「ありがと……たすかりました」
「えっ、あ、いや……助けたってほどじゃないけど……」
大田さんは顔を真っ赤にして、完全に骨抜きになっている。
俺が心の中でガッツポーズを決めていると、正面から冷ややかな声が降ってきた。
「呆れた。ここはふれあい動物園じゃないのよ」
アリサだった。
彼女は呆れ果てた顔で腕を組み、冷たい視線で俺を見下ろしている。
ごもっともです。キャバクラで唐揚げ三皿を貪り食う新人は、どう考えてもプロの接客ではない。
「ごめんなさい……。朝から何も食べてなくて……」
(※肉以外は)
心の中でこっそり注釈を入れながら、俺は思いっきりしおれた顔を作って俯いた。上目遣いで潤んだ瞳を見せる、反省した小動物のポーズだ。
「まあまあ、アリサちゃん。でも食べたら元気になったでしょ、貴子ちゃん」
大田さんが慌てて場を和ませようとフォローを入れてくれる。
「それにしても、いい食べっぷりだったな。あんなに食べて、一体どこに入るの?」
「お腹に決まってますよ。……でも、いっぱい食べたから、今のウエストは60センチくらいになっちゃったかも」
俺が恥ずかしそうにお腹を押さえるふりをすると、大田さんが目を丸くした。
「え? 今で60って……いつもはどのくらいなの?」
「52センチです」
俺がさらりと言うと、ボックス席の空気が一瞬ピタリと止まった。
大田さんも、隣の客も、そしてアリサまでもが言葉を失っている。
「52センチって……嘘だろ。ちょっと立ってみてよ」
大田さんに促され、俺は素直にスッと立ち上がった。
アリサから借りたワインレッドのロングドレス。布地がしなやかに体に沿い、魔法で極限まで削り出した究極のくびれがはっきりと浮かび上がる。
「うわ、本当だ……! 普通、これより細いの?」
「もう少しは……」
俺が控えめに答えると、数字の話題が出たからか、向かいに座るアリサの頬がピクッとこわばるのが見えた。
だが、自分の「造形」の出来栄えに気を良くしていた俺は、その不穏な気配に気づかず、つい調子に乗ってしまった。
「手を回して、見てみても良いですよ?」
大田さんは「いいの!?」と立ち上がると、おずおずと俺の腰に両手を回した。
「……うおおっ、一周まわるわ! すごい、本当に折れそうだ……!」
「大田さんの手が長いんですよ」
鈴を転がすような声で謙遜しながら、俺の内心は造形師としてのドヤ顔で満たされていた。
(どうだ、この52センチの極限ライン。俺が自らの手で肋骨と骨盤のバランスをミリ単位で調整した最高傑作だぞ)
俺は「どうですか」と自慢げな気持ちでアリサの方を見た。
――瞬間、背筋が凍りついた。
アリサは、まったく笑っていなかった。
ただ呆れていたさっきまでとは違う。同じドレスを着る「女」としての、そしてこの店でトップを争うキャバ嬢としてのプライドを、無神経な数字の暴力で真っ向からへし折ってしまったのだ。
(……やばい。どうしよう)
俺の究極の造形は、またしても女の地雷を、それも特大のやつを、ピンポイントで踏み抜いてしまったらしかった。




