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優しいお姉さんとドライヤー、あるいは癒やしのバスルーム


「ルミちゃんっ……助けて!!」

 俺の情けない悲鳴が響き渡った直後、バスルームのドアが勢いよく開いた。

「大丈夫!? 貴子ちゃん!」

 ルミが血相を変えて駆け込んでくる。

 だが、俺の惨状――巨大な泡のアフロをかぶり、髪を絡ませてうずくまる絶世の美女――を見た瞬間、ルミの動きがピタリと止まった。

「……ぶっ、あははははっ!」

 心配の声は、一瞬で腹を抱えるような爆笑に変わった。

「笑ってないで……っ! 目が痛い、石鹸流して……見えない……っ」

「ご、ごめんごめん! ちょっと待ってね、私も服脱ぐから」

「えっ」

 俺の心臓が、別の意味で跳ね上がった。

「えっ、じゃないよ。洗濯物増やしたくないし」

 カサッ、と衣類が擦れる音がして、ルミが下着姿になる気配がした。

 中身が健康な男子大学生である俺にとっては完全なパニック状況だが、泡のせいで目が開けられず、直接見えないのが不幸中の幸いだった。

「ほら、お湯出すよー」

 シャワーの温かいお湯が、顔と頭に優しく降り注ぐ。

 ルミの手が、俺の顔にへばりついた泡を丁寧に洗い流してくれた。

「もう、貴子ちゃんなにしてるの……あははっ」

「いや……はじめてで」

「はじめてって、何が?」

「…………」

 『絶世の美女のロングヘアを洗うのが』とは言えない。

 俺が黙り込んでいると、ルミは呆れたように息を吐いた。

「とりあえず、このままにしたら髪の毛が傷むわ。こんなにきれいな髪なのに」

 ルミは俺の背後に回り、コンディショナーを手にとった。

 そして、鳥の巣のように絡まりきった俺の長い黒髪を、指の腹を使って少しずつ、丁寧に解きほぐし始めた。

 俺の男基準の雑な手癖とはまったく違う、繊細で優しい手つきだった。

「……ありがと」

「どういたしまして。……貴子ちゃん、あんた自分で髪を洗ったことがないなんてこと、ないよね?」

「まあ……色々と」

 色々と(昨日この体を作ったばかりだから)だ。

「ふふっ。貴子ちゃん、あなた本当に変わってるわ」

「はい……ごめんなさい」

「ううん。でも、すごい美人さんなのに隙だらけで面白いから、私好きよ」

 ルミの屈託のない言葉に、俺は素で感動してしまった。

 こんなに優しい女の子が世の中にいるのか。

「……僕も好きです」

 うっかり、中身の『小野隆史』の素の感想が漏れた。

「ん?……ボクっ子?」

 ルミは少しだけ不思議そうに首を傾げたが、深く追及することはなく、キャバ嬢特有のノリの良さであっさりと受け入れてくれた。

 バスルームを出たあと、洗面台の鏡の前。

 Tシャツを着た俺の後ろに立ち、ルミがドライヤーで優しく髪を乾かしてくれている。

 温かい風と、ブラシが髪を通るたびにふわりと漂う、ルミの甘い香水の匂い。

(……めっちゃ癒やされる……)

 派手でギャルっぽいルミだが、意外と面倒見がいい、お姉さん気質なのかもしれない。

 鏡越しに、俺の長い黒髪がサラサラと元通りの美しい艶を取り戻していくのが見えた。

「ながいと大変よねー、髪の毛」

 ルミが楽しそうに言う。

 俺は目を細め、彼女の優しい手つきに身を任せながら、小さく頷いた。

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