美少年の反撃計画、あるいはサラダチキンの儀式
口移しの狂気的な給餌が終わり、肉への強烈な渇望は一旦なりを潜めた。
だが、問題は何も解決していない。
とにかく、ここから抜け出す方法を考えなければならない。
翔子は再びイーゼルに向かい、すさまじい集中力でデッサンを続けている。
俺は同じ体勢のままモデルをさせられていた。
四肢をスカーフとリボンで縛られているため、寝返りも打てない。だんだん腰が痛くなってきた。
「翔子さん、体が痛い……一度これ、外してよ。トイレにも行きたいし」
情けない声で訴えると、翔子は鉛筆を止めて「そうね」と微笑んだ。
「少し、休憩にしましょうか。お茶を淹れるわ」
翔子は立ち上がり、ケトルに水を入れ始めた。
「お願い、外してほしいんだけど」
「少しなら緩めてあげてもいいけど、暴れないでね。秀ちゃんのきれいな体に擦り傷ができたら嫌でしょ?」
やがて、まず足の結び目が解かれ、次に腕が解放された。
強引に抵抗すれば逃げられるかもしれない。
だが、今の俺は下着一枚だ。この格好で外に出られるわけがない。
おまけに、昨夜からの急激な肉体変容と肉飢餓のせいで、華奢な中学生の体には悲しいほど力が入らなかった。
翔子に肩を支えられながら、ふらつく足取りでトイレに入る。
便座に座り、用を足しながら必死に頭を回転させた。
(今のこの体で翔子に対抗しても、勝てる気がしない……。となると、あいつが買い出しで出払った隙に逃げ出すのが一番だ)
そうだ。
よく考えれば俺には『造形魔法』がある。
(読者も俺自身も、肉飢餓とヤンデレのせいですっかり忘れていただろうが!)
無機物の形も変えられるんだから、縛られているスカーフやベッドの金具を造形して外してしまえば一瞬じゃないか。
だが、もう一つの問題がある。
タイムリミットだ。
昨日の夕方十八時にこの美少年に変身した。
つまり、今日の十八年には二十四時間の制限が来て、変身が解けてしまう。
今は午前十一時くらいだ。
十八時を過ぎれば、元の小野隆史に戻る。
もう一度変身し直すにしても、魔法の過程を見られれば完全にアウトだ。
正体がバレれば、この女に「嘘をついた罰」として本当に一生飼育されかねない。
まずは体力の回復と、翔子を家から出すことが先決だ。
トイレを出ると、俺は素直に翔子に付き添われ、ベッドに戻って再び手足を縛られた。
ここからが勝負だ。
「翔子さん……もっとお肉がほしいな。また口移しで食べさせてよ」
俺は上目遣いで、精一杯の「甘える弟」の顔を作った。
「さっきの、すごく美味しかったし。……気持ちよかったよ」
翔子を買い出しに行かせるための、命がけの甘言。
効果はてきめんだった。
翔子の頬が微かに赤く染まる。
「そうね。お昼も近いし、もう少しだけストックがあるから……それを食べたら、午後からまた買ってくるわね」
翔子は冷蔵庫を開け、買ってきたばかりのサラダチキンの封を開けた。
そして、なぜかそれを直接俺の腹に押し当てた。
「ひゃっ!?」
冷蔵庫で冷やされたチキンの冷たさに、俺は思わずゾクッと身をよじった。
翔子はそのまま、冷たいサラダチキンを俺の腹の上でゆっくりと滑らせ、胸の周りをなぞり、唇に触れるか触れないかの絶妙な寸前でピタリと引き上げた。
「秀ちゃん……なんて言うの?」
見下ろす瞳は、完全に調教を楽しむ支配者のそれだった。
(このやろう……!)
俺は内心で悪態をつきながら、再び喉を鳴らした。
「……翔子さん、サラダチキンを、ください」
「ふふ、よくできました。はい」
翔子はサラダチキンを自分で咥え、俺の口へと運んできた。
最初は、親鳥が雛に餌を与えるような優しい口移しだった。
だが、チキンが口内へ移り終わると、彼女は突如として野獣のように俺の唇と舌を貪り始めた。
三つ目のサラダチキンが終わる頃には、俺の下着一枚の上半身は、チキンの汁と二人の唾液でベタベタに濡れきっていた。
(なんなんだよ、この儀式は……)
俺が訝しげに息で肩を上下させていると、翔子がふと顔を上げた。
そして、おもむろに顔のメガネを外し、長い髪を後ろで一つにゴムでまとめた。
――初めて、明るい部屋の中で「メガネ無しの翔子」の素顔をまじまじと見た。
(……なかなかの美人じゃないか)
地味な美大生だと思っていたが、外した素顔は驚くほど整っていた。
だが、見惚れている余裕はなかった。
髪をまとめた翔子は、俺のへそのあたりに顔を沈め、そこから上半身に向けて、肌にこびりついたサラダチキンの汁をチロチロと舐め始めたのだ。
「あっ、ちょ……翔子さん!?」
生温かい舌の感触が、腹から胸へと這い上がってくる。
こんな美人に、手足を拘束された状態で上半身を舐め回される。
やばい。
このままじゃ完全に18禁の展開に突入してしまう!
俺は必死に理性を総動員し、なんとかこのエロティックな空気を中断させようと深呼吸をした。
「翔子さんっ……! 肉、もっと肉をください……!」
チキンが食べたい。早く買い出しに行ってくれ。
そういう意味で叫んだ。
だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に顔を埋めていた翔子の肩が激しく上下した。
彼女はゆっくりと顔を上げ、かつてないほど熱を帯びた、とろけるような瞳で俺を見下ろした。
「肉を……? ふふっ、秀ちゃんたら、そんなに私がほしいのね……」
翔子は今まで以上に激しく、俺の胸元に吸い付いてきた。
(……は?)
俺の頭の中で、致命的なすれ違いの音が鳴り響いた。
(おい! こいつ、俺の言った『肉』の意味、なんか盛大に勘違いしてないか!?)
(違う、俺が欲しいのはお前の肉体じゃなくて鶏肉の方だ!!)
買い出しに行かせるはずの作戦は、ヤンデレ美大生の欲望の燃料へと見事にすり替わり、俺は為す術もなく底なしの甘い地獄へと沈んでいった。




