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「女神」の余韻と、砂ずりの福音

結局、俺こと「ゆみ(仮)」は、救世主となった松岡たち三人に連れられ、学食へとなだれ込むことになった。


周囲の視線は相変わらず痛い。地味な男子三人が、往年の映画女優のような絶世の美女を囲んで食事をしているのだ。どう見ても「姫と下僕」か、さもなくば「異世界召喚のバグ」にしか見えない。


「……あの、皆さん、本当にありがとうございました」


俺は「清楚系」の仮面を剥がさないよう、学食で一番ボリュームの少ない「レディースサラダセット」を小鳥のようについばんだ。胃袋は「チャーシュ麺大盛りをよこせ」と暴動を起こしているが、ここでカツカレーをガツガツいけば、せっかく構築した世界観が崩壊する。


「いやいや、ゆみちゃん! 気にしないで。あいつらがウザすぎただけだから!」

「そうだよ。困ったことがあったら、いつでも俺たちを頼ってくれていいからね」


松岡は鼻の下を伸ばし、山本と松永も普段の数倍は背筋を伸ばして、いい声を出し合っている。

ひとしきり談笑(という名の俺への質問攻め)を「秘密です」でかわし続け、講義の時間が近づくと、俺はそっと席を立った。


「今日はこれで失礼しますね。……また、来週」


最後に少しだけ、いたずらっぽく微笑んで見せる。松岡の心臓が「ドクン!」と跳ねる音が聞こえてきそうだった。


「……行ったな」

「ああ、行ってしまわれた……」


「ゆみ」が去った後のテーブルで、残された三人は抜け殻のようになっていた。

だが、すぐにオタク特有の熱を帯びた「品評」が始まる。


「……おい、見たかよ。あの指先の動き。サラダのフォークを持つ所作一つとっても、育ちの良さが滲み出てたぞ」

「あの清楚さ、令和に舞い降りたアン王女かよ。歩くたびに背後に花が舞ってる幻覚が見えたわ」


山本がふと、松岡を問い詰めるように身を乗り出した。

「……ところで松岡。なんで彼女、お前の名前を知ってたんだ? お前、あんな女神とどこで知り合ったんだよ」


「それが……自分でもさっぱりわからん」

松岡は真剣に頭を抱えた。

「一昨日、大教室で見かけたのが最初なんだ。話したことなんて一度もないのに……。ひょっとして、俺がどこかで無意識に人助けでもしたのを、彼女が見ていたとかか……?」


「おめでてーな。だが、彼女がお前をピンポイントで呼んだのは事実だ。……しかし、つくづく不思議な子だな」


松永が憐れみの目を遠くへ向けた。

「……それにしても、かわいそうなのは隆史だよな」


「そうなんだよ。あいつ、一昨日から今日まで、一度も彼女に会えてないだろ? 俺たちがこんなに『ゆみちゃん』と親交を深めている間に、あいつはどこで何してんだか」

「本当だよ。隆史、なんで今日に限って来なかったのかねぇ。あいつがいたら、この感動を分かち合えたのに。運が悪いにも程があるぜ。今夜あたりたっぷり自慢してやるか」


三人は、自分たちのすぐ隣に座っていた「彼女」の中身が隆史だとは夢にも思わず、不在の友人を心底気の毒に思いながら、午後の講義へと向かっていった。


その頃、当の隆史は、魂の抜けたような顔で下宿のボロアパートに帰り着いていた。


「……あ、あいつら……勝手に『ゆみ』とか名付けやがって……」


変身を解いた瞬間、どっと押し寄せる疲労と空腹。

「清楚」を維持するための緊張感は、想像以上に精神と魔力を削るのだ。

俺は冷蔵庫を開け、昨日買い込んでおいた「最後の生命維持装置サラダチキン」を掴んだ。


「……もぐ、もぐもぐ……。……んぐっ」


喉に詰まりそうになりながら飲み込む。

だが、連日のサラダチキンは、もはや砂を噛んでいるような感覚だった。


「飽きた……。もうサラダチキンは見たくもない……。もっとこう、肉肉しくて、噛みごたえのあるやつ……」


今の俺には、4000円のバイト代が服代で消えるような極貧生活でも許容できる、圧倒的に安価なタンパク質が必要だ。

俺はスマホを手に取り、死に物狂いで検索窓を叩いた。


『肉 安い コスパ 最強 自炊』


検索結果をスクロールしていくと、ある食材が目に飛び込んできた。


「……とりの砂ずり(砂肝)?」


100グラムあたり、100円を切ることも珍しくない。

低脂肪、高タンパク。そして何より、あのコリコリとした圧倒的な食感。


「これだ……! 安いし、これなら少量でも『肉を食ってる感』がすごい。砂ずりならおつまみにもなるし、腹持ちもいいはずだ」


俺は即座に財布(小銭入れ)を掴んだ。

昨日のバイト代は服に消えたが、ポケットに残った数百円があれば、砂ずりの山が買えるはずだ。


「清楚な美女はサラダを食うが、中身の俺は砂ずりを喰らう……」


皮肉な二重生活に自嘲気味な笑いを漏らしながら、俺はスーパーの精肉コーナーへと駆け出した。

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