表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/53

「小野貴子」の初陣、あるいはプロの審美眼

高級キャバクラ『バビロン』の重厚なエントランスをくぐると、外の喧騒が嘘のように遮断された。

 黒と金を基調とした内装。そこへ、まるで光を反射する宝石のように鮮やかな衣装を纏った女性が、パタパタと小走りで寄ってきた。


「あ、面接の方? こっちだよ!」


彼女の名前はルミというらしい。隆史が「造形」の観点から見ても、非常にバランスのいい顔立ちをした美少女だ。

 だが、問題はその服装だった。太ももの付け根まで露わにした極端なミニスカートに、谷間が大胆に開いたドレス。


「……っ」


隆史は咄嗟に視線を逸らした。自分が「絶世の美女」になっていることも忘れ、中身の『小野隆史』が激しく動揺する。これほど至近距離で、これほど無防備な肉体パーツを突きつけられる経験は、童貞卒業直後の彼には毒が強すぎた。


「どうしたの? 顔、赤いよ? 緊張してる?」


ルミが顔を覗き込んでくる。ふわりと甘い香水の匂い。隆史は必死に理性を保ち、鈴を鳴らすような声で「大丈夫です」と短く返した。

 案内された応接室。そこに座っていたのは、仕立ての良いスーツをラフに着崩した男、店長の佐藤だった。彼は隆史を一目見るなり、手に持っていたペンを止めた。


「……おいおい。ルミ、お前どこでこれ拾ってきた? CGじゃないだろうな」

「何いってんですか、さっき電話があった体入(体験入店)の子ですよ」


佐藤は隆史を凝視しながら、ようやく手元の履歴書に目を落とした。

「えーと、小野貴子さんね。……一応聞くけど、志望動機は?」


隆史は一瞬、言葉に詰まった。まさか「造形魔法の維持費と、自分の技術を試すため」とは言えない。

「……自分に、どれだけの価値があるのか、知りたくて。ここでなら、それが一番明確に『数字』で出ると思いました」


半分は真実だった。佐藤はニヤリと笑い、椅子を鳴らして立ち上がった。隆史の頬の数センチまで顔を寄せる。

「……自分を試したい、か。いいですね。その顔でどれだけ稼げるか、私も興味がありますよ」


佐藤はひょうきんに肩をすくめると、壁に貼られた『接客十箇条』を指差した。


一、笑顔は「消費税」だ。常に乗せろ。

二、客の話は「聖書」だ。一字一句漏らさず頷け。

三、お酒は「ガソリン」だ。自分のは薄く、客のは濃く。

四、「知らない」は罪。「教えてください」は徳。

五、時計は見ない。ここは「竜宮城」だと思わせろ。

六、相槌は三拍子。「さしすせそ」を使い分けろ。

七、指名は「ラブレター」。返信は速攻。

八、私語は厳禁。更衣室の愚痴は外に持ち出すな。

九、美貌は「看板」。愛嬌が「商品」だ。

十、最後は「また明日」。期待を持たせて帰せ。


「とりあえず、今日一日雰囲気見てよ。支払いは日払いでいいですよ。……ルミ! こいつを『夜の女』に仕立ててみろ」


更衣室。そこは隆史にとって、別の意味での戦場だった。

「はい、これ。貴子ちゃんに似合うと思うんだよねー!」


ルミが貸しドレスのラックから引き抜いたのは、深いスリットの入った、ロイヤルブルーのタイトなドレスだった。

「……あの、下着は」

「あ、それね。このドレス、背中が腰まで開いてるからブラは無理。ヌーブラ持ってる?」

「いえ……」

「じゃあ、ニップレスにする? でも貴子ちゃんのその形なら、そのまま(ノーブラ)の方がドレスの落ち感が綺麗かもね」


ルミはデザイン優先の妥協案として言ったのだが、隆史にとって「形状の崩れ」など考慮に値しない。魔法で固定されたラインは重力すら無視してそこにある。ブラジャーによる補正など、完成された彫像に添え木をするような無意味な行為だ。


着替えが始まる。ジッパーを上げるルミの指先が、魔法の肌に触れた。

「……っ」

 ルミの手が、不自然に止まった。

「……ちょっと、貴子ちゃん。あなた、まさか本当に何も着けてないの?」

「あ……。ええ、今日は、その……急いでいたので。たまたま、です」


咄嗟についた嘘だったが、ルミは驚愕というより、絶句して貴子を凝視した。

「『たまたま』でノーブラで出歩く? ……嘘でしょ。なんでその状態で、重力を無視したみたいなラインが維持できるのよ。……怖っ、スタイル良すぎて引くんだけど!」


仕上げはヘアセットと化粧。隆史の「形状」に、ルミが手際よく色と光を乗せていく。鏡の中を見て、隆史は息を呑んだ。

 物理的な形は一切変えていない。なのに、ルミが施した絶妙なメイクが、自分の「造形」を、男を狂わせる「魔性」へと昇華させていた。


「よし! 準備完了。今日は私と一緒にテーブル回るから。……あ、お酒は無理しなくていいからね」


ルミが隆史の手を、当たり前のように握った。柔らかい手のひらの感触。

 隆史は、猛烈な空腹感(代償)を抱えながら、自分が「男たちの視線を奪う側」であり、同時に「隣の美少女にドギマギする一人の男」でもあるという、奇妙な深淵に足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ