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コンビニでパンツを買ったら、全部つながった

 古着屋を出た隆史の右手には、安っぽい紙袋が握られていた。中には、試着室で鏡に映したあの完璧な「形」を完成させるための、黒いワンピースが入っている。  だが、今の隆史はまだ、紺色のくたびれたジャージ姿のままだった。

 歩くたびに、下半身に耐え難い不快感が走る。  Tシャツの下――造形魔法によって極限まで絞り込まれた「五十二センチ」のウエストに対し、履いているのは男物のぶかぶかなトランクスだ。サイズが合うはずもなく、それはただ骨盤に辛うじて引っかかっているだけで、一歩踏み出すごとに重力に従ってずり落ちようとする

。  このままワンピースを着て歩くことなど不可能だ。一歩歩けば、足首まで布が落ちてすべてが「終わる」

「……下着屋は、流石に無理だ」

 絶世の美女の皮を被った状態で、女性下着専門店に入る勇気は、中身の「小野隆史」にはまだない。  残された選択肢は一つしかなかった。

「……コンビニか」

 朝のシフト。レジに立つバイト店員は、抜けきらない眠気を持て余していた。  ドアが開く電子音が響き、反射的に顔を上げた店員の視線が、そこで凍りついた。

 ――女の人。    着ているのは、どこにでもある紺色のジャージだ。なのに、何かが決定的におかしかった。  見たこともないほどに、綺麗だった。まわりの空気がそこだけ薄く引き延ばされ、別の世界が混じり込んでいるような錯覚。強くないのに、目が離せない

 彼女は迷いのない足取りで日用品の棚へ進み、戻ってきた。  カウンターに置かれた「それ」を見た瞬間、店員の思考が真っ白に染まった。

 黒い、シンプルなショーツ。

(やばい、これ、見ちゃダメなやつだ……!)  目の前の美女の、ジャージの下に収まるであろう「それ」を想像してしまい、顔が熱くなる。  ピッ、というバーコードの音がやけに大きく響いた

「……ふ、袋、いりますか」 「……はい」

 返ってきたのは、鈴を鳴らすような透明な声。  釣りを渡す際、わずかに指先が近づく。その一瞬の距離にすら、店員は金縛りにあったように動けなくなった。

 店を出て、近くの共用トイレに駆け込んだ。鍵をかけた瞬間、隆史はようやく大きく息を吐いた。    足元を見る。五十二センチのウエストでただ遊んでいるだけの、男の象徴であったトランクス。

「……もういいだろ」

 指をかけ、そのまま引く。あっさりと床に落ちた布切れを鞄の奥へ押し込む。  一瞬だけ、鏡を見た。Tシャツ一枚。下は何もない。いわゆる「彼シャツ」の状態だが、そこにあるのは隆史が五時間かけて執着し、造り上げた究極の「女の形」だ。

 袋からショーツを取り出し、足を滑り込ませた。  ぴたりと、収まる。

「……あ」

 軽い。ずれない。  今までバラバラだった「自分」の線が、ようやく一つにつながった感覚。  ブラジャーを買うまでは頭が回らなかったが、今の隆史にとってそんなことは瑣末な問題だった。魔法で固定されたラインは、重力すら無視してそこにあるのだから

 Tシャツを脱ぎ、黒いワンピースを被る。  布が肩に触れ、魔法で作られた曲線の上を滑り落ちていく。胸を通り、腰でまとまり、脚へと美しく流れる。  どこにも、ズレがない。どこにも、無理がない

「……うそだろ」

 完成していた。ベルトを締めると、余った穴の先が、その異常な細さを物語っている。  フェイクパールのネックレスを首元に置く。鏡の中にいるのは、隆史の人生には存在し得なかったはずの「女神」だ。

 外に出る。一歩踏み出した足が、驚くほど自然に運ばれた。  動きに合わせてワンピースの布が揺れ、その内側で、ノーブラの胸がわずかに遅れて呼応する。  押さえるものがない開放感。それが今の隆史には最高に心地よかった

 すれ違う男たちの視線が、物理的な重さとなって突き刺さる。  隆史は気づかない。ただ、歩きやすい。ただ、ちゃんとつながっている。

 ガラスに映る自分を見る。  黒いワンピースに包まれた、細い首。落ちる肩。  完成の喜びが、静かに、けれど激しく全身を駆け巡っていた

 だが、その歓喜の直後。  隆史の胃の奥で、真っ赤に熱した鉄を流し込まれたような衝撃――凄まじい「肉飢餓」が、その牙を剥こうとしていた

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