今ここです
水曜の夕方だった。
バイトまで、あと一時間もない。
隆史は床に座って、ジャンク箱をひっくり返していた。
「……見つからんな」
ロボの足首パーツ。昨日ここに入れたはずなのに出てこない。
部屋はいつも通り散らかっている。漫画は山のまま、パーカーは丸めたまま。机の端にはレシート、工具も出しっぱなし。
人を入れる状態じゃない。
まあ今日は関係ない。どうせバイトだし。
スマホが震えた。
高田翔子
近くまで来ています
「え」
手が止まる。
宝塚
どこ
既読はつく。
少し間があって、
高田翔子
迷ったんですけど
近くまで来てしまいました
「迷ったのかよ」
そこは安心するところなのかもしれない。
ピンポーン。
「早えよ!」
立ち上がる。
覗き穴をのぞく。
「……うわ」
翔子がいた。
グレーのカーディガン。トートバッグ。
いつも通りの格好で、でも少しだけ落ち着かない感じで立っている。
足の位置が、少しだけ内側に寄っている。
「なんで来てんだよ……」
状況を整理する。
今の自分 → 普通
この前 → 宝塚
見られたらまずい(今ココ)
ピンポーン(2回目)
「ちょっと待って!」
洗面所へ走る。
鏡を見る。
普通の顔。
「今からは無理だろ……」
少し触る。頬、鼻、目元。
変わらない。
「……やめだ」
玄関へ戻る。
チェーンをかけたまま、少しだけ開ける。
「ごめん、今ちょっと無理」
翔子が顔を上げる。
「……はい?」
少しだけ首を傾ける。
声は落ち着いている。
「どうしたんですか」
「バイト前で時間ないのと……顔ちょっと失敗してて」
「えっ」
一瞬だけ、ドアの内側に視線が落ちる。
そのまま入るつもりだったのが分かる。
すぐに顔を上げる。
「今見せたら、たぶん引く」
翔子は少しだけ黙って、それから小さくうなずいた。
「……そういう日もあるんですね」
「ある」
短く返す。
少しだけ間が空く。
「これ、渡したくて」
袋を差し出す。
「この前話していたパンフレット、見つけました」
「それで来たのか」
「はい。見つけたとき、渡したくなってしまって」
少しだけ視線をそらす。
「ありがと」
ドアの隙間から受け取る。
妙な受け渡しになる。
それでも翔子は気にした様子もなく、少しだけ笑った。
「今日は、普通じゃないですね」
「だろ」
「でも」
少し考えてから、
「安心しました」
「何に」
「女の人がいる感じではなかったので」
「当たり前だろ」
「はい」
小さくうなずく。
さっきより少しだけ柔らかい顔になる。
「また今度、ちゃんとしたときに来ます」
「そうしてくれ」
「連絡してからにします」
「頼む」
少しだけ間が空く。
「隆史くん」
「何」
「今日のほうが、少し近かった気がします」
「……何がだよ」
翔子は少しだけ笑って、ごまかすように首を振った。
「また来ます」
「だから連絡してからな」
「はい」
階段を下りていく。
ぎし、と音がする。
しばらくその音を聞いてから、ドアを閉めた。
◇
「……助かった」
壁にもたれる。
「何なんだよ今の」
手に残ったパンフレットを見る。
「渡したくなって、って」
言い方が残る。
スマホが震える。
高田翔子
突然でごめんなさい
もう一件。
高田翔子
でも、少し会えてよかったです
「……だよなあ」
ベッドに倒れる。
「次はちゃんとやらないとな」
天井を見る。
たぶんまた来る。
今度は、ちゃんと顔も整えておかないといけない。




